シンガポール通信ーニコラス・ウェイド「5万年前」を読む:人々はなぜつながる事を望むのか4

かっては、全世界に住んでいる人類は、それぞれの地域ごとに祖先から進化してきたと考えられていた。先に述べたように、ヨーロッパではネアンデルタール人が現在のヨーロッパ人の祖先であり、アジアにおいては北京原人が祖先であると考えられていた時代があった。

しかしながら、遺伝情報の分析に基づいた研究によると、それは現在は否定されている。ネアンデルタール人の祖先である「ホモ・ハイデルベルゲンシス」も、北京原人の祖先である「ホモ・エレクトス」も、いずれもその出自はアフリカである。しかもこれらのヒトの祖先が現在の人類につながっているのではなく、これらの種族はいずれも滅亡している。

そしてそれに対して、現在の人類の祖先は「ホモ・ハイデルベルゲンシス」や「ホモ・エレクトス」がアフリカを出てからも、ずっとアフリカに残っていた種族なのである。そしてその種族がその後アフリカを出て全世界に広がり、ネアンデルタール人北京原人を駆逐し現在の人類へと進化したのである。

現在世界中に住んでいるすべての人類が、アフリカを出て全世界に移住した種族の子孫であるという事実だけでも、驚くべきことではあるまいか。しかし考えてみれば、生物が生まれたずっと太古の地球でも、世界の各地で生命が無生物から発生したとは考えにくい。無生命から生命が生まれたのはある意味で希有な偶然の出来事であるから、それが複数の地域で起こったと考えるより、どこかでたまたま生じた生命がその後進化して現在の全世界の生物になったと考えるのが自然かもしれない。もちろん一度生まれた生命が死に絶えた事も何度も起こったのであろう。そしてたまたま生き延びる事のできた生命体が現在の全ての生物の祖先なのであろう。

とはいいながら、現在全世界に住んでいる人類が、アフリカに住んでいたヒトの祖先がアフリカを出て全世界に広がった子孫であるというのは、私たちに不思議な感覚を与えないだろうか。つまり全世界の人類は、アフリカに住んでいた共通の祖先を持っているいわば親戚同士なのである。このことは、全世界の人々が現在メール・Facebookなどを使って常につながっている事を欲している事のいい説明になるのではないか。つまり全世界の人々は親戚なのである。共通の先祖を持つ親戚同士が、離れていても常にコミュニケーションをしたがるというのは、よく理解できる事ではないだろうか。

しかも遺伝情報の分類はそれ以上に驚くべき事実を私たちに教えてくれる。それは一つは私たちの祖先をさかのぼって行くと、アフリカに住んでいた一人の男性と一人の女性にたどりつくということである。つまり現在全世界に住んでいる人類はアフリカに住んでいた一人のアダムと一人のイブを祖先としているのである。

遺伝情報の分析に基づいた研究によると、そのダムとイブを一員としてアフリカに住んでいた現在の人類の祖先グループは、たかだか全体で数千人の人数であったらしい。そしてその数千人の私たちの祖先はグループとして適度な大きさである上限150人程度の小グループに分かれて生活していたらしい。

その頃のアフリカは全世界的な寒冷な気候の影響を受けて森林や草原が減りそれに伴って食料も減り生存して行くには厳しい環境であったと考えられる。したがって種族の生存のために新しい食料の入手源を求めてこれらのグループは何度もアフリカから中東地域への移住を試みたと考えられる。しかしながらこれも遺伝情報の分析によれば、現在の世界中の人類はたかだか150人程度の一つのグループの子孫であると考えられている。

ということは何度もアフリカ脱出を試みたのであるが、成功したのはたった一度だけでありそしてその一度だけ成功したグループの子孫が現在全世界に住んでいる人類なのである。何度もアフリカ脱出を試みて成功しなかったのは、すでに中東地帯には先にアフリカを出てその地域を縄張りにしていた「ホモ・ハイデルベルゲンシス」や「ホモ・エレクトス」などの先住種族によって追い返されたり滅亡させられたのであろう。

(続く)