シンガポール通信ーニコラス・ウェイド「5万年前」を読む:人々はなぜつながる事を望むのか3

このトピックがまだ書きかけであった事を思い出した。引き続き、人々がなぜ常につながっている事を望むのかを考えてみよう。

人の遺伝情報(ヒトゲノム)の内、Y染色体が男性の系統を通して先祖から子孫へと伝えられ、またミトコンドリアゲノムが女性を通して先祖から子孫へと伝えられる事を書いた。遺伝情報がそのまま伝えられるのであれば、Y染色体ミトコンドリアゲノムの内容は人の歴史を通してそのまま変わらないのであるが、実際には突然変異が起こり、その変異情報が次々と元のY染色体ミトコンドリアゲノムの上に上書きされて行く。

これはたとえば、パスポートに出入国に際して次々とスタンプが押されていく様子を想像すればいい。もしくは白い布地の上に次々と新しい紋様が書かれて行く様子を創造すればいい。そうすると、二人の人の遺伝情報(男性の場合はY染色体、女性の場合はミトコンドリアゲノム)の内容を比較し見て、ほとんどが同じであればその二人はごく近い過去に共通の先祖を持っている事になるし、また大きく異なるのであれば、かなり遠い過去に共通の先祖を持っていた事になる。つまり、遺伝情報を調べる事によりヒトがどのように枝分かれして来たのかという、いわゆる系統樹がわかるのである。

もちろんこの事はヒトに限らない。共通の祖先を持つと言われるヒト・チンパンジー・オランウータンなどの遺伝情報を比較する事により、たとえば共通の祖先からいつ頃ヒトとチンパンジーが分かれたかがわかるのである。

Y染色体もしくはミトコンドリアゲノムの遺伝情報を比較するという手法によると、類人猿からはオランウータン、ゴリラ、チンパンジーボノボ、ヒトの順に系統が分かれて来ており、ヒトとがチンパンジーから分かれたのは500万年以上前の事らしい。また共通の祖先である類人猿はアフリカに住んでいたらしい。

チンパンジーから分かれたヒトの祖先は、寒冷気候に伴う森の縮小に対応するため、樹上生活から地上生活へと生活様式を変え、二足歩行で歩くように進化した。それが「アウストラロビテクス属」である。その後さらに草原での生活に適応するため、草食から肉食へと食べ物の内容を変えるべく進化した。それが250万年前に出現した「ホモ・ハビルス」である。「ホモ・ハビルス」はすでに原始的な石器を使用していた。

さらに170万年前にホモ・ハビルスの子孫は「ホモ・エレガスター」という新しい種に進化した。ホモ・エレガスターは腕の長さがチンパンジーに比較して短くなった事、男女の体格差が少なくなった事、チンパンジーのような男女別のヒエラルキーからなる社会から夫婦を基本とする社会に変化した事など現在の人の持つ特徴のかなりの部分を有した種である。

そして100万年前以前にホモ・エレガスターの子孫である「ホモ・エレクトス」がアフリカを出てアジアに到着した。これが、かってはアジア人の祖先と考えられていた「北京原人」につながっている。またホモ・エレガスターの別の子孫である「ホモ・ハイデルベルゲンシス」が約50万年前以前に同じくアフリカを出てヨーロッパに到着した。これがこれもまた良く知られている「ネアンデルタール人」に進化した。

しかしながら北京原人ネアンデルタール人も現在の人類の直接の祖先ではない。かって小中学校では、北京原人がアジア人の祖先でありネアンデルタール人がヨーロッパ人の祖先であると教えられていた。確かに私もそのように学んだ事を覚えている。しかしながら現在では遺伝情報を調べる事により、これらの説は否定されている。

(続く)