シンガポール通信ーニコラス・ウェイド「5万年前」を読む:人々はなぜつながる事を望むのか2

私が指導している博士課程の学生の生活を見ていると、最近の若者の典型的なコミュニケーション行為を知る事が出来る。彼等の多くは東南アジアの出身である。シンガポールの若者は、苦労して博士課程を出て学位を取り大学での研究者や教育者として生きて行く事には、あまり興味は示さないようである。彼等の多くは、大学を出るとさっさと官庁や一般企業などに就職してしまう。したがって、研究者としての道をめざす学生の大半は、シンガポールの周辺の国々から来ている。

彼等は日常の生活では常にスマートホンを持っている。そして歩いているときも、バスや電車を待っているときもバスや電車の中でも、常時スマートホンを操作している。その多くはメールのチェックやメールの送信に使われているようである。チャットをしている学生も多い。これに対して、最近はFacebookなどのソーシャルネットワークを携帯上で常時チェックするのも彼等の日常行為になりつつある。多分授業を受けている際にも合間を見てメールやFacebookをチェックしているのだろう。

もっとも最近の学生が、テキストによる通信ばかりしており音声通信をしないというわけではない。夕方から夜にかけて学内バスの乗り場で学生を観察していると、夕暮れ時で人恋しくなるのか友人や家族と音声で通話している学生を多く見かける。しかもこれらの行為は、東南アジアからの学生に特有のものではない。シンガポールの学生でも寮生活をしている学生が多いため、夕暮れ時には友人や家族と音声で会話をしている学生を多く見かける。

博士課程の学生が一般の学生と異なるのは、研究室に自分のデスクを持っている点である。彼等は研究室ではデスクトップPCを使って研究を行うのが通常であるが、彼等の大半はまずパソコンの電源を入れるとメールとFacebookのウインドウを開く。そして常時メールや情報の新着状況をチェックしており、必要に応じメールに返事をしたりFacebookに写真やメッセージをアップロードしている。

これに対し最近は、常時Skypeのウインドウを開いている学生を見かけるようになった。彼等の多くは、自分のパソコンをSkypeを使って故郷の自分の家のパソコンとつないでいる。Skypeは本来対面型で相手の顔を見ながら会話するためのソフトであるが、つなぎっぱなしにしているという事は相手は必ずしも常にそこにはいない事を意味している。

つまり彼等がしているのは、自分の故郷の家のパソコンのカメラをいわば監視カメラとして用いて、自分の家の様子を常時観察しているのである。そして例えば母親がパソコンの側を通りかかれば、声をかけて短い会話を行う。ここまでして、家族とつながっていたいのかと思うけれども、彼等にとっては離れて暮らしている家族と常につながっている感覚を持っていることは極めて大切らしいのである。

日本でもそれほど古くない時代までは、家族間の絆というのは極めて強いものだったので、このような感覚はある程度わかる。そしてまた日本においても若い世代は携帯電話(これも最近はスマートホンに置き換わりつつあるが)を肌身離さず持って、常時友人や家族とメールでコミュニケーションしている。歩きながらスマートホンをチェックしている人の数も、最近では若い人に限らずもっと上の世代でも急増していると思われる。

この事は日本に限らずアジアの国々の人々、特に若い世代のコミュニケーション行為がよく似ている事である。そして実はこれはアジア諸国に限らず若者の間においては全世界で共通の行動パターンになりつつあると言って良いだろう。つまり人は常に他の人とつながっていたがるのである。それはなぜだろう。

とまあここまでを前置きにして、ニコラス・ウェイド「5万年前」を読んでみよう。この本に書いてある重要な事の一つは、最近人の遺伝情報(ヒトゲノム)を解読する事により、人類の歴史を過去にさかのぼって解明しようとすることが飛躍的に容易になったということである。人間の歴史を知る上でヒトゲノムの中で重要なものは、一つはY染色体である。人間は性を決めるX染色体とY染色体という2つの染色体を持っているが、このうちY染色体は男性の系統を通して先祖から子孫へと伝えられる。もう一つはミトコンドリアゲノムであり、こちらは女性の系統を通して先祖から子孫へと伝えられる。

基本的にはY染色体ミトコンドリアゲノムも親から子供へそのまま伝えられるが、その過程で突然変異が起こりその一部が書き換えられた場合は、書き換えられたまま伝えられる。すなわち、Y染色体ミトコンドリアゲノムも、先祖から受け継いだものの上に次々と突然変異の情報が上書きされるのである。

(続く)