シンガポール通信ークリス・アンダーソン「メイカーズ」4

サプライチェーンとは何か。それは部品供給網の事である。かってはハードを生産する場合は、デザインに始まって材料の調達や部品の製造さらには製品の組み立てまでをすべて1つの企業で行う事が通常であった。いわゆる垂直統合型のビジネスモデルである。現在でも大企業の多くはこの方式をとっている。大手の車メーカーは部品の製造を下請けに外注している事が多いが、下請けもまたその企業グループの一員と考えると、垂直統合型のビジネスモデルに従っているわけである。

しかしながら、それに対して新しい企業は多くの製造過程を外部委託している事が多い。今や企業規模で世界最大と言っても良いアップルは、内部で行っているのはデザインと試作であって、部品の製造や部品の組み立てまですべての製造過程を主として台湾・中国の企業に委託している。ということは種々の部品の製作に特化した企業が世界中に存在するわけであり、何か新しいものを作ろうとすれば、ネットワークを通してこれらの企業から自分の希望する部品を製作してくれる企業を見いだし、そこに製造委託すれば良いわけである。つまりこれが、個人が使用できるサプライチェーンが用意されているという事を意味しているわけである。

ということは逆に部品製造企業から見ても、アップルなどの大手に向けて少品種大量生産する企業と同時に、試作や少量の規模の生産などを多くの顧客から仕事を請け負う事により少量多品種生産するビジネスを成立させている企業が存在する事になる。後者はまさにロングテールを地でいっている企業なのである。

つまり、従来の大企業依存型のビジネスモデルではなくて、アイディアを持った個人が中心となってネットを通してコミュニティを作り、作り出すべき製品の詳細を固め、製造に関しては外部に委託するというニッチなマーケットに向けた小企業が生じうる可能性が大きい事になる。これがこの本で著者が言いたかったことととりあえずは理解できる。そしてそれを裏で支えるのはもちろん、オープンソースロングテールなどのコンセプトであるが、それとともにグローバルサプライチェーンの存在が大きいといえる。3Dプリンタは、サプライチェーンを利用して外部に試作や製造の依頼を行う前段階として、いわばアイディアを確認するために使用するというのが正しいのではあるまいか。

しかしである。日本では東京なら蒲田周辺、大阪なら東大阪周辺に製造関係の中小企業の集積地がある。ここでは従来から試作品や少量のハードウェアの生産を引き受けてくれた。私が一緒に仕事をして来た坂本元さんは、大阪の中小企業に製造を委託する事によりほとんど一人で小型のヒューマノイドロボットを製作してきており、そして現在は2メートルを超すロボットの試作に取り組んでいる。(将来はガンダムクラスのロボットを作る事が夢だとの事である。)つまり日本では従来からサプライチェーンは存在していたとも言えるのである。ホンダも元々は自動車部品の製造メーカーだったものが、バイク・自動車の製造・販売に拡張し世界的なメーカーになった事はよく知られている。

ということは、著者がこの本で主張したい製造業における大きな革命とは、本当のところ何を意味しているのだろうか。この本の訳者は「訳者あとがき」で、従来の大企業を中心とした製造業ではなくて「無数のニッチな企業の総和が経済を動かすようになる」というのがこれから起こる革命であり、それこそが著者が主張したい事だろうと述べている。

私はこれには賛成できない。今後とも製造業における大企業は存在するだろうし、製造業界において中心的な役割を果たすだろう。なぜなら大量生産による安価で品質の一定した製品は、今後とも消費者が必要とするものであるからである。そしてそれを実現できるのは、ニッチな市場を対象とした中小企業ではなくて大企業であろう。ではどのような革命か。

この問いに対し私は、これまでになかった新しい製品を生み出す企業が生まれることこそが本当の革命ではないかと思う。この本で例に出されている多くの企業は、まだその点からすると不十分ではあるまいか。例えばレゴのアクセサリーを製造する「ブリックアームズ」は、言ってしまえばレゴに寄生する企業である。またオープンプラットフォームで自動車を製造する「ローカルモーターズ」は、既存の自動車では満足出来ない少数の顧客を対象にしたビジネスを行っているに過ぎない。これではまだまだ世界を変えるというには不十分である。

もちろんそれは始まりとしては十分であろう。しかしながら本当の革命は、1.サプライチェーン、2.オープンソース、3.ロングテールという特性を利用して、これまでなかった新しい製品を作り出す多くの企業家が現れ、そしてそのうちのいくつかがこれまでの大企業を抜き去り世界的な企業になるということではあるまいか。ソフトの世界ではグーグル、FacebookTwitterのようにすでにそれを実現している企業がいくつか現れている。

ハードの世界でもそれが出現する事こそがこれから期待される事なのではあるまいか。すでにスティーブ・ジョブスはPC製造のガレージ企業として出発したアップルを世界最大の企業に育て上げた。PCは従来の大企業(例えば大型コンピュータを作っていたIBMがその典型であろう)には作り出せなかった製品である。PCをこえる次世代の新しいハードとは何か。この問いに答え、スティーブをこえる製造業における企業家が出現することこそがこれから望まれる事であり、その条件は整っている。「いでよ製造業における革命的な企業家」というのが著者のクリス・アンダーソンが本当に言いたい事なのではあるまいか。