シンガポール通信ークリス・アンダーソン「メイカーズ」2

「メイカーズ」は、第一部「革命」と第二部「未来」からなっている。その第一部では、3Dプリンタの意義をあまりに強調しており、読者に誤解を与える可能性がある事を指摘した。なぜそのような書き方をしているかといえば、多分読者に強い印象を与えようとしているからではあるまいか。

一般の読者の大半にとって3Dプリンタはあまり聞いた事のない商品名であろう。それが今、大学などはもとより工作好きの一般の人達にも広まりつつあり、物作りさらには製造産業に大きな変革を与えようとしているという内容は一般の人達に強い印象を与えるからであろう。もっともこれは嘘ではないけれども、前回書いたように3Dプリンタのみがそのような変革を生む力を持っている訳ではない。まあしかし読者に読んでもらいたい本の書き方としては、そういう書き方もあるのだという事で勉強にはなった。

さて著者は、第二部「未来」ではもっと論理的に、物作り・製造産業の分野でソフトウェア産業と同様の変革が起こりうる事を述べている。著者が主張したい点をまとめるため、まずはソフトウェア産業ではなぜ、比較的容易に新しいソフトを開発・流通させる事が可能になり、それがこれまでの大企業中心の産業界の構造を変えて行っているかを考えてみよう。それは次の3点の理由があるであろう。

まず第一は、ソフトウェアそのものが持っている特徴である。ソフトウェアは、従来の製造業のような大規模な生産基盤を必要とせず、プログラミング言語の知識を持っており開発すべきソフトの具体的なアイディアがあれば、比較的容易に開発する事ができる。Facebookについては映画でも有名になったが原型はマーク・ザッカーバーグが一人で作り上げたものである。もこの本でも紹介されているが、Twitterも経営危機に陥ったソフトウェアハウスの数人のプログラマが作り上げたものである。アイディアとプログラミング能力さえあれば、大企業が作り出すソフトを超えるソフトを作り上げる事が可能なのである。

第二は、オープンソース・ソフトウェアの力である。とはいいながら単に一人で全てのソフトを作り上げる事は困難である。結局他の人の力を借りる必要がある。つまり開発しようとしているソフト(サービス)に興味を持ち一緒に協力してくれる仲間を集める必要がある訳である。これは大変難しい問題であった。特にシリコンバレーなどの有能なエンジニア・プログラマが数多く住んでいる地域以外の地域の人達に取っては。

しかしネットワーク上で自分のソフトウヴェアを無償で公開し、皆に自由に使ってもらえるようにすることにより、自分と趣味・興味を共有する仲間をつのり、そしてその仲間達が自分の作ったソフトを改良して実際のサービスに耐えうる物にしてくれることが容易になった。これがオープンソース・ソフトウェアである。これに対して、従来型の企業では内部のプログラマだけを使いしかも秘密が外に漏れないように気をつかって開発する。開発したプログラムも内部でテストをするために膨大な開発要員を必要とする。このような進め方に対し、オープンソース・ソフトウェアでは開発中のソフトに興味を持ちその改良に本当に能力を発揮してくれる人が参加してくれるから能率がいい訳である。

そして第三は、著者の言う「ロングテール」である。従来の大企業はある程度の規模の市場が存在している領域を対象としてソフトを開発する。小さな市場、ニッチな市場は当初から相手にしない訳である。ところが、個人や数人で開発したソフトであれば、ニッチな市場でも十分にビジネスになる。さらにネットワークを利用すれば開発したソフトの流通経費は不要となる。したがって、大企業が相手にしないような小さい市場、ニッチな市場を対象として数多くの小企業がビジネスを行う事が可能となる。これがロングテールである。

この3点がそろうことにより、ソフトウェア産業ではそれまで大企業が牛耳って来た産業構造が大きく変わりつつある。それは数多くの小企業(スタートアップ企業)の存在がソフトウェア産業の特徴であるとともに、それらのスタートアップ企業の内のいくつかは大企業へと成長する。GoogleFacebookTwitterがその典型例である。これらはいずれも、ほんの数人でソフトを開発するところから始まったのであるが、いまやその規模は既存のソフトウェア大企業を抜き去っている。

さてそれでは、物作り・製造産業の分野でソフトウェア産業と同様の産業構造の大きな変化が起こるだろうか。これこそが著者がこの本で主張している点である。

(続く)