シンガポール通信ー東北大震災の被災地と祭り

ソウルでの国際会議に参加した後、帰国しそのまま立命館大学で行われた日本文化デザインフォーラム主催のシンポジウムに参加した。本シンポジウムでは震災と芸能を考えるというテーマのもと、東北大震災の被災地で現在いろいろな形で祭りが復活している事をテーマとして議論しようというものである。

まずシンポジウムの最初に、東北大震災の被害を受けた東北の各地方で復活しつつある種々の祭りの映像ドキュメントが放映された。東北地方の被災地、特に被害の大きい沿岸地帯では、それまで存在した神社などが完全に津波で流されてしまったり、そこまでいかなくても神社の建物が破損するなどの被害を受けている。そしてそれに伴って、神社の年中行事である祭りのための神輿・衣装などが破損したりなくなってしまうなどの被害を受けている。

ところがそれらの地域で、最近祭りを復興しようとする動きが盛んになっているのである。そのためには、破損したり失われてしまったりした神輿や祭りの衣装を修復したり新たに作り直す必要がある。もちろん被災地の人々にとって、その費用を負担する事は困難であろう。したがってそれは、全国の人々からの寄付金や企業からの寄付金でまかなわれている。復興のための予算が一部使われているかもしれない。

ともかくも、それらの困難を乗り越えて、東北の各地で長い伝統に支えられた祭りが復活しつつあるのである。そしてその各地の祭りの様子が、ドキュメンタリー形式で録画された約1時間の映像をシンポジウムの参加者はまず鑑賞する事となった。
それらの映像はある意味で胸の詰まるような感動的な映像であった。スクリーンに映し出されるのは東北の各地域で行われた祭りの様子である。それだけを見ていれば、それは日本全国で行われている地域の祭りと異なった所はない。しかしながら、鑑賞している私たちはその背景となっている東北大震災を知っている。従ってそのようなコンテキストで鑑賞するから、それだけで感動的なのだろう。

しかしながらじっと眺めていると、感動するのはどうもそれ以上に深い意味があるからではないかと思い始めた。祭りで人々が踊ったり神輿を担いでいる映像がアップで映される。それは何処にでもあるような祭りの映像である。しかしながらカメラが引いて行くと、祭りを鑑賞している人々の輪の後ろは全く何もない被災地の廃墟なのである。いや廃墟というのは正しくないだろう。震災によるガレキはすでに処分されてしまっている。そして家々の土台だけが残った平地が延々と続いているという異様な風景である。

どうもこのような映像に私たちが異常なくらい感動するのは、祭り=芸能の持つ意味と深く関わっているのではあるまいか。本来芸能は、地域に住む人々の日々の暮しがあり、そしてその上に地域としてのまとまりがあるという条件の下に長い年月を経て作り上げられて行くものであろう。そして日々の暮しが食事などの物質的なものを基本としているとすると、その上に出来上がった芸能は精神的なものなのである。つまり物質的生活が満ち足りて精神的な生活が生まれるのである。

ところが被災地では、その毎日の暮しという人間の生活の物質的な基本となる部分が失われてしまっている。それにも関わらず人間の生活の精神的な部分である祭りは残っているのである。つまり、物質的な生活の基盤が失われているにもかかわらず祭りという精神的な基盤が残っているという事が「私たちは人間なのだな」という感覚を私たちに与えてくれ、それが感動につながってくのではあるまいか。
そしてもう1つ気づいた事は、議論の際のパネリストの何人かが指摘していたように、祭りの参加者が皆いずれも真剣な顔をしている事である。祭り=芸能は本来はエンタテインメントであり楽しむものである。従って祭りの参加者は、どの祭りの場合でも皆楽しそうな顔をしている。ところがこの映像では皆が真剣な顔をしている。

従ってここでは、祭りは楽しむものとして被災地の人々にとらえられているのではないのである。それではどのような形でとらえられているのだろう。いろいろ考えていてはっと思い当たったのであるが、人々は祭りという震災を経て生き残った人々の精神的な支えとなるものを基本として再び物質的な日々の生活を再建しようという意思を表現しているのではないだろうか。
つまりこういうことである。日々の生活という人間の生活の物質的な面が充足して始めて祭りという精神的なものが生まれる。ところがそのようにして生まれた精神的な面が、生活の物質面が東北大震災で失われても生き残っている。そしてその生き残っている精神的な面をよりどころにして人々が再び日々の生活という生活の物質的な面を再建しようとしている。

この祭り=芸能という生活の精神面の持つ強い力とそれを知りそれを真剣に利用しようとしている人々の真摯さに私たちは感動させられるのではあるまいか。



シンポジウムにおいて、東北の被災地の祭りの映像について語り合うパネリスト達。



被災地での祭りの準備の様子。(http://news.thetv.jp/article/23784/photo00.htmlの写真を使わせてもらいました。)