シンガポール通信ーモーニング「リメンバー」終了2

SFファンとしてはワクワクするような状況設定で、しかも「蒼天航路」の王欣太による漫画という事で大変私も期待しており、そしてその期待に添ったストーリー展開をしていた(と私自身は思っているが)モーニング誌の「リメンバー」が、なぜ突然終了になったかという問題を引き続き考えてみよう。

前回は、状況設定が大変ユニークで面白いという事を指摘した。しかしその状況設定のユニークさが、ストーリー展開を大変困難でありまた読者にとってわかりにくいものにしたのではないだろうか。「リメンバー」の状況が、終戦直後の東京の中心部において1年間という期間で同じ時間が繰り返し流れるという設定になっている事はすでに説明した。

この状況設定は、SF好きの私にとっては非常に楽しみな状況設定である。何度も繰り返される苦難の中で、主人公である在津龍治こと現実空間におけるザイツが、仲間達を探し出しそして仲間達と力を合わせ、このような状況設定されている仮想空間から抜け出し、そしてそのような罰を彼らに下した「猊下」にいかに復讐するかというのが、ストーリーの流れであろう事は予想される。それをいかに具体的に実行して行くかを描くのが、作者である王欣太の腕の見せ所であろう。

さてなぜこの漫画が途中で全く急に終了になったかという事であるが、この状況設定そのものに問題があるのではないだろうかと私は思っている。まず第一に、状況設定が複雑であるため、読者にとってわかりにくいという問題がある。実はこの漫画が始まった当初はこのような状況設定は読者には伏せられていた。

主人公である在津龍治が終戦直後の焼け野原となった東京に記憶をなくした状態で現れ、彼が種々の人達と交わって行く中でこの状況設定が徐々に明らかになるというのが、当初作者が狙っていた事であると思われる。ところがあるときからこの漫画のあらすじ説明欄に、このような状況設定の背景説明がされるようになったのである。

多分、読者からストーリー展開や状況説明がわかりにくいとの苦情が、出版社に数多く寄せられたのではあるまいか。このような背景説明によって、ストーリー展開が大変わかりやすくなったのは事実である。しかしこのようなネタバレをされると、それまでストーリー展開をなぜそうなるのだろうなどといろいろと推理しながら楽しんでいた側からすると、興味の高さが一挙に減少する事になる。
まえに同じモーニング誌の漫画「僕はビートルズ」において、読者からの苦情が多数寄せられた事が、漫画の当初のストーリーの変更につながったらしい事を指摘した。どうも今回も、同様の状況が起こったのではあるまいか。

モーニング誌の漫画が載せられている順序は、読者投票によるランキングに基づいていると思われる。「リメンバー」が、当初は最初の方に登場していたのが、徐々に後ろの方に掲載順序が移って行ったのは、読者の好みに合致していなかったことを示しているのかもしれない。他の漫画を見ていても、ストーリーはある意味で極めて単純で、ストーリー展開そのものに大きな謎が秘められている漫画というのはないようである。最近の読者が平易なストーリーを好むと単純に断定してはいけないかもしれないが、複雑なストーリーの漫画が受け入れられにくくなっているとしたら残念である。

もう1つこの状況設定の持っている大きな欠点は、仮想空間の中の時間が巻き戻され同じ時間展開が繰り返される時に、仮想空間に住んでいる人達の記憶が消されてしまう事である。人々の記憶が消され完全にリセットされた状態で同じ時間が繰り返されるというのは、合理的に考えればそれでいいのかもしれないが、大きな欠点をはらんでいる。それは主人公の記憶そのものもリセットされる事である。

私たち読んでいる側の読者としては、主人公に感情移入しつつ読む事により、楽しみが増えるしそれが小説や漫画の楽しみ方であろう。主人公に感情移入するためには、主人公の中での感情の連続性が必要である。主人公の記憶がリセットされてしまうならば、私たちがその主人公に感情移入する事は極めて困難になる。

また、主人公が度重なる困難に出会う事が、ギリシャ神話の「シジフォスの岩」との類似性を思い起こさせる事を述べた。シジフォスが岩を山上に運ぶという仕事を、運んだ大岩がたちまち麓に転げ落ちるため永遠に繰り返させられるという罪の重さは、本人の意識に連続性がある状態で同じ事を繰り返させられるというやり切れなさに起因している。もしも主人公の意識が途中でリセットされるということは、主人公に感情移入する事を困難にするとともに、主人公の罪の重さをも軽減してしまうのである。

さすがに作者王欣太もその欠点に気づいたらしい。2回目から3回目への繰り返しの際には主人公達が記憶がリセットされる事をまぬかれ、前回の記憶を保ったまま次の生の繰り返しに突入するというストーリー設定を導入している。しかしこのときはもう時既に遅く漫画の打ち切りは決定されていたようである。

惜しむらくは、作者がこの欠点にもう少し早く気づき、時間の繰り返しの際に主人公やその仲間立ちが前世の記憶の一部でも持ち越す事が出来るというストーリー設定にしていたら、このような突然の終了という事態にはならなかったのではあるまいか。