シンガポール通信ーモーニング「リメンバー」終了

少し前の話題になるが、コミック週刊誌「モーニング」に連載されていた「リメンバー」が突然終了になった。私の好みの漫画だっただけに大変残念である。

なぜ突然終了になったかは、説明もされていないのでわからない。漫画としては一応大団円の形で終了しているが、これが当初の予定ではなくて何らかの理由でストーリー途中での終了が決定された事は明らかである。ネットで見ても、なぜ突然終了になったのかという議論が2チャンネルなどで行われているので、「リメンバー」が事前には考えられていなかった何らかの理由による突然の終了である事は誰にも明らかだということであろう。

なぜ突然の終了になったかは、この漫画の内容を分析して行くと少しは明らかになるのではないだろうか。「リメンバー」はあの「蒼天航路」と同じ王欣太による漫画である。「蒼天航路」が三国志を題材に取っているのに対し、「リメンバー」は原作が書いてないので、多分ストーリーも王欣太によるものなのかもしれない。王欣太は画力があり、とくに戦いの場面などのダイナミックな動きを要求される場面の構築力はなかなかたいしたものだと思っている。また登場人物一人一人の外観の描き方、そしてその行動や言動を通したその人物のキャラクタの描き方なども大変しっかりしている。

さてストーリーであるが、漫画の舞台は終戦直後の焼け野原になった東京。そこにこの漫画の主人公である在津龍治が、記憶を失った状態で現れる。そして彼がいろいろな人達、特に焼け野原になった東京の裏社会を牛耳る事を狙っている複数のやくざ組織と関わることを通してストーリーが展開していく。

かなり早い時点でこの場面設定の裏が明らかにされるのであるが、実はこの終戦直後の東京は現実空間とは異なる「博物空間」と呼ばれる仮想空間である。博物空間は、この空間とは時間的には未来に存在している現実空間における、猊下と呼ばれる絶対君主が作り出したものである。在津龍治の意識は、実は現実空間におけるザイツと呼ばれる囚人の意識である。ザイツは現実空間において何らかの意味で犯罪を犯したらしい。具体的には、猊下の絶対権力に対する犯行を企てたものと思われる。

その犯罪に対する罰として、ザイツおよびその仲間達は現実空間では昏睡状態にされるとともに、博物空間に住んでいる人々の意識につながれている。つまりザイツとその仲間達を博物空間で種々の困難な状態に遭遇させ苦しめさせる事が、猊下がザイツとその仲間達に科した罰なのである。

実はこの博物空間は特異な性質を持っている。それは場所が東京の中心部を対象とした狭い範囲に限定された空間であるという事と、もう1つは時間的に1年間を周期として、その空間内の時間が周期的に繰り返されるということである。いわば映画のフィルムを繰り返し見ているような状況が作り出される訳である。もちろん毎回毎回状況は少しずつ異なるので、繰り替えられるストーリーは異なる。そして時間が巻き戻される時、中の住民の意識はリセットされる。つまり彼らは自分たちでは何も知らないままに、同じ時間、同じ空間を何度も繰り返し生きているのである。
ギリシャ神話で、地獄の王ハーデースに逆らった罪として、大岩を山の頂上まで持ち上げる事を命じられ、しかもその岩は持ち上げるとたちまち麓に戻ってしまうので、岩を山の頂上に持ち運ぶ仕事を繰り返し永遠に行わなければならないシジフォスの神話を思い起こさせるストーリー設定ではないだろうか。

王欣太はこのシジフォスの神話にヒントを得たのかもしれないが、ともかくも主人公であるザイツそしてその精神がつながれた在津龍治とその仲間達が繰り返し繰り返し苦難に会うという罪からどう逃れるかというのが、この漫画のストーリーの描きたい所であろう。

私たちになじみの深い現実空間(終戦直後の東京が最近の人達になじみが深いかどうかは疑問かもしれないが)が実は仮想空間で、実際の現実空間は私たちに取って異様に見える空間であるという状況設定は映画「マトリクス」でもおなじみである。しかも同じ空間内で時間が繰り返し流れるという設定は私の知る限りではSFでもお目にかかった事がない。SF好きの私としてはワクワクするような状況設定である。

それでは、そのような上手い状況設定の上で、しかも王欣太という定評のある語り手による漫画がなぜ突然終了という事になったのだろう。

(続く)