シンガポール通信ー首相の建国記念日大会の演説

シンガポール建国記念日は毎年8月9日である。今年は建国47周年。3年後には建国50周年という事で大がかりな祝祭が行われると思われる。

毎年の建国記念日の近辺で、リー・シェンロン首相がシンガポールの一般市民を対象として、演説を行う事になっている。場所は近年はNUSの文化センターで行われるのが通例になっており、今年は8月26日に文化センターにて演説が行われた。

当然ではあるが、前日から文化センター付近は厳重な警戒で、一般車両の移動は大変厳しく規制される。もちろん文化センターは大学構内にあり、大学関係者が近くを通る事は多いので一般の人の通行を規制する事はないが、警官達が通行する人たちを厳しい目でチェックしている。

演説の聴衆は約1500人程度。いずれもシンガポール市民から種々の理由で選ばれた人たちである。首相の演説はテレビで放映されるが、演説の始まる前にテレビが聴衆の人たちの顔を撮影するのを見ると、いずれも期待に満ちた顔で首相の演説を待っているのが見て取れる。なんだか、お気に入りの歌手のショーが始まるのを待っているような雰囲気なのである。

残念ながら日本だと、人々はあまり首相の政治手腕に期待してはいないので、同じように一般の市民を対象に首相が演説をしても、聴衆の多くは苦虫をかみつぶしたような顔をしているのではあるまいか。その点まだまだシンガポール発展途上国であり、人々は日本に比較すると未来に対して大きな希望を持っている。それを具体的な形で首相の演説として聞きたいのであろう。

首相の演説は約2時間。大変興味深いのは最初にマレー語で約30分、次に中国語で約30分、最後に英語で約1時間と3つの言語を使い分けて演説する事である。このあたりは他民族国家シンガポールらしいところである。しかも同じ事をしゃべるわけではない。

シンガポールには中国、マレーシア、インドなど多くの東南アジアの国々の人たちが住んでおり、それぞれの国の人たちがコミュニティを作っている。それぞれのコミュニティに対してのメッセージ性のある演説を行う。例えば、マレー語での演説ではマレーシア人コミュニティに対して文化センターを建設したとか、マレーシア人でシンガポールで活躍している人たちの紹介などを行う。

もちろん、マレー語、中国語の演説の後での英語による1時間の演説が首相演説の中心的な部分である事は間違いない。しかしここでも、経済成長率が何%であるとか、将来の経済成長戦略はどうとかなどの抽象的な演説は一切ない。あくまでも現在シンガポールが経済成長をしている事を具体的な例で示すと共に、個々の人たちがシンガポールの経済成長にいかに寄与しているかという例を示すのである。

たとえば、一般人向けの公共住宅(シンガポールではHDBと呼ばれる)を人々の需要に十分見合うだけ建設しているとか、子供のある家庭に優先入居圏を与えるなどの具体的施策を紹介する。また大学の入学定員を増やす事により大学進学率をあげて行く事、現在小学校高学年で大学進学、高等専門学校(ポリテクニク)進学、就職と進路を分けてしまうやり方を改善し、大学進学の道を広くする事などを説明する。

また同時に、シンガポールの一般市民や学生達の努力ぶりを例を挙げながら紹介する。たとえば、教員としての仕事をリタイアした後で大学に入学して勉強しているシニアの人たちの紹介をしたり、ロボカップ(ロボットによるサッカーの国際競技会)で優勝した高等専門学校の学生チームの紹介をしたりする。その度にテレビカメラは、会場に招待されそして首相の演説で紹介された人たちの晴れがましそうな顔を写して行く。

これらの例を個別に紹介することにより、シンガポールが10年・20年前に比較していかに豊かな国になったか、そして現在も経済成長を続けているかということを、抽象的な数字ではなく具体的な形で示そうとしているのである。

まあ別の言い方をすると、会社が株主向けに会社の状況や今後の経営方針を数字を並べて説明するやり方ではない。そうではなくて、会社の社員やその家族を招待した慰労パーティの場で、会社がいかに過去の小さな会社から成長して現在の状況になったか、そしてまた社員の一人一人が会社の一員としていかに会社に貢献しまた会社の成長を享受しているかを説明して、参加者を喜ばせようという内容の演説なのである。

そう、会社の社員向け慰労パーティの場で社長が社員やその家族向けに行っている演説と考えるとビッタリ来るのではないだろうか。つまりシンガポール株式会社の社長である首相がその社員とその家族である一般市民向けに行っている演説と理解すると良いのではないだろうか。



リー・シェンロン首相による演説。