シンガポール通信ーなぜ会議の場でメールをチェックするのだろうか

さてここまでは、シンガポールにおけるコミュニケーションメディアの使い方に関する調査の報告を行って来たが、コミュニケーションメディアの使い方のさらに詳細について知るために、もう少し立ち入った質問に答えてもらう事にしよう。まず第一に、私がこのところ疑問に思い、そしてそれに対する回答を求めて来た問題について考えてみよう。

それは、なぜ会議やディナーなどの場で、人々がメールをチェックするのがごく普通の風景になったのだろうかという質問である。会議やディナーなどの場はいわば公の場であって、参加者全員はその場で行われている事に関心を集中し、全体としての雰囲気を作り上げる事を求められているはずである。

それに対して、そのような場でメールをチェックするという個人的な行為は、いわば全員が行おうとしている共同作業を壊す事を意味している。私はこれを「公的な行為と私的な行為の混同」と呼んでいるが、本来はそのような行為はモラルに反するものと考えられて来たのではあるまいか。もちろん、大学などで授業中に他の授業のレポートを書くなどの関係ない行為をすることは、「内職をする」という言葉があるようにこれまでもあった事ではあるが、そのような言葉がある事自体、本来それはやっては行けない事であることを暗示しているのではないだろうか。

ところが最近では、授業や国際会議などの場さらにはディナーなどの場で、人々がスマートフォンでメールやFacebookをチェックしている風景を見かけるのは、ごく普通になって来た。そしてそれは日本に限らずアジア、米国、さらには欧州などでも普通に見られる行為になって来ている。それを、シンガポールの若者はどのようにとらえているのだろうかというのが、この調査を行うためのきっかけとなったのである。
最初の質問は「公的な場でメールチェックなどの行為をするかどうか」という質問で、これも自由形式で答えてもらい、後で集計の際に答えを代表的ないくつかに分類するという方式で行った。


1.公的な場でもメールのチェック等を行うか?
ほぼ常時行う      10人
時々行う        12人
   (少人数の会合では行わない      5人
    モラルの面で行わないようにしている 7人)
原則として行わない    5人
総計          27人


「時々行う」も含めると、全体の80%の人が公的なイベントの際にもメールチェックなどを行っている事になる。多いと言えば多いのであるが、ただ私としては意外な結果であったといえる。実はほぼすべての人が常時このような行為を行っているという回答を期待していたからである。

「時々行う」の内容を分析すると、国際会議や授業などの大人数のイベントの際はそのような行為は行うが、少人数のミーティングや1対1の会話の際には行わない(5人)や、そのような行為はモラルに反するので行わない(7人)という内容であった。このことは「時々行う」という回答をくれた人々が、本来メールチェックなどの行為を公的な場で行う事がマナーに反する行為である事を認識している事を示している。さらには「原則として行わない」という人が5人いる事である。これらの人々はそのような行為がマナーに反するから行わなかったり、さらにはそのような行為を行わないためにスマートフォンを持っていないという人たちである。

したがって全体の80%の人たちが、そのような行為をしていると同時に、60%以上の人たちがそのような行為がマナーに反する行為である事を意識しているということになる。シンガポールの若者達は意外に健全な意識をもっているのである。前回にも述べたが、これらの若者は20代から30代であり物心ついた時には新しいコミュニケーションメディアが普及していたという完全なディジタルネイティブの世代に属するのではなくて、自分の成長と共に新しいコミュニケーションメディアが人々の間に普及して来た事をおぼえている、いわばプレディジタルネイティブなのである。したがっていまだにこのような健全な意識を持っていると言えるのかもしれない。

さてそれでは次にこのような現象が世界各国の人々の間で見られるか否かという質問に答えてもらおう。


2.公的な場でメールをチェックする現象は世界共通か?
そう思う          23人
文化差が存在すると思う    4人
そうは思わない        0人


大半の人(約85%)がそう思うと答えている。国の文化や人種によって異なると答えたのは15%に過ぎない。そしてそれ以上に興味深いのはそうは思わないと答えている人がゼロであることである。

これは、公的な場でもメールチェックを行うかという質問に「時々行う」「原則として行わない」と答えた人たち(全体の80%)が、そのような行為がモラルに反する事を意識しているにも関わらず、世界中の人たちがそのような行為をしている事を認めている事を意味している。

調査対象の人たちの大半は研究者や博士課程学生なので、国際会議などにしばしば参加し論文発表やディナー等の場の雰囲気をよく知っている人たちである。従って彼等の意見は現実の状況をよく観察した結果に基づいているといえよう。

他の人たちはしているが自分はしないというのはかなり強力な意志の力を必要とする。なぜこのような答えが出てくるのかを知るため、ふたたび公的な場でメールをチェックする事を「原則として行わない」と答えた5名の人の出身国を調べると、スリランカ:4名、インド:1名であった。

スリランカは敬虔な仏教国であり、公的な場と私的な場とを分けるというモラルがあると同時に、年配者・指導者を敬う習慣が強いところである。会議や国際会議などに参加者が大人数の場合でも発言者・発表者は年配者・指導者である場合が多いだろうから、それらの人に対して失礼であるからそのような行為を控えるという文化がまだ残っているのであろう。