シンガポール通信—ジャレド・ダイヤモンド「銃・病原菌・鉄」3

「銃・病原菌・鉄」に書かれている事をまとめてみると以下のようになるだろう。

氷河期が終わった1万3000年前頃から全世界に移住していた人類の祖先は、それぞれの地で独自の進化を始めた。当初は狩猟生活を送っていたが、徐々に食物として使える植物を栽培出来るように改良して行く事により農耕生活を始め、一カ所に定住した定住農耕生活へと移行した。また定住農耕生活の始まりに伴い、人々は野生の動物を家畜化する事を始めている。
独自に食料生産や家畜の飼育を始めた地域および時期としては、次の5つの地域が考えられる。

(1)西南アジア(紀元前8500年頃)植物:小麦、エンドウ、オリーブ、動物:羊、山羊
(2)中国(紀元前7500年以前)植物:米、雑穀、動物:豚
(3)中央アメリカ(紀元前3500年以前)植物:トウモロコシ、インゲン豆、ジャガイモ類、動物:七面鳥
(4)アンデス(紀元前3500年以前)植物:ジャガイモ、キャッサバ、動物:ラマ、テンジクネズミ
(5)アメリカ東部(紀元前2500年頃)植物:ヒマワリ、アカザ

この段階ですでに5000〜6000年の差が生じている。これは食料生産に適した野生の植物が存在していたかどうか、また飼育に適した野生の動物が存在していたか否かによっている。

次に大きいのは地理的な相違である。ユーラシア大陸は東西に長く南北に短い形状をしている。この事は同じような緯度にある地域が大変広いという事である。同じような緯度にあれば、似たような風土になるため、ある箇所で始まった食料生産や家畜の飼育は、似たような風土の他の場所に伝わりやすい。そのために、西南アジアで始まった食料生産や家畜の飼育は、インドや西ヨーロッパに比較的早い時期に伝わった。(インドには紀元前6000年頃、また西ヨーロッパには紀元前6000年から3500年頃に伝わった。)またこの伝搬の過程で牛の飼育などの大型動物の飼育が始まったり、植物や動物の品種改良されたりすると共に、その結果が比較的早く他の地方にも伝わった。同様に中国で始まった食料生産や家畜の飼育は中国全域や韓国・日本などに伝わった。

一方、中央アメリカ・アンデス地方アメリカ東部などでは独自に比較的早い時期に農業生産と家畜の飼育が始まったが、メキシコ北部の砂漠地帯、パナマの密林などの自然の障害等がそれらが他の場所に伝わる時に大きな障害となった。さらにこれらの場所が緯度において異なっている事から、それぞれの場所の風土が違いそれによって適した植物や動物が異なる事から、それぞれの場所で始まった固有の食料生産と家畜の飼育は他の場所で適していない事が多い。

それらの理由で、結局それぞれの場所で始まった食料生産と家畜の飼育は他の場所に伝わる事がなかった。またそれぞれの地域が比較的小さくかつそれぞれが独立していたため、品種改良などの新しい事態が生じる事が困難であり、またそれらを他の場所に伝える事が困難なために、結局それ以降ほとんど進歩がないままであった。

その間にヨーロッパでは、馬や牛等の大型の動物を新たに飼育する事に成功した。これらの大型動物の飼育に成功する事は、耕地などの際の労力として使う事により食料生産の生産性を上げたり、戦いの際に使ったりする事により、これらの社会が単純な部族社会から徐々に首長制社会へそしてさらには国家へと発展して行く事に貢献した。そして組織化された軍隊や彼等が使っていた馬が、ヨーロッパ人が南アメリカインカ帝国や中央アメリカのアステカ帝国を滅ぼした時に効果的に機能した。

同時に、ヨーロッパの人々が飼育動物と暮らす長い年月の間に、動物を介して人間に感染する感染症に徐々に人々が免疫を持つようになった事も大きな意味を持つ。コロンブスの1492年の航海に始まるヨーロッパ人のアメリカ大陸征服の過程で、ヨーロッパ人が持ち込んだ感染症によって犠牲になった南北アメリカの先住民の数は極めて大きい。そしてそれは、ヨーロッパ人の武力による南北アメリカの先住民の制圧と同じ程度の効力を持っていた。

この本の「銃・病原菌・鉄」というタイトルは、スペインのビサロがインカ帝国を滅ぼした際に最も効果的に機能した鉄による防具を用い鉄砲によって武装している兵士と彼等が持ち込んだ病原菌が、ヨーロッパ人がインカ帝国に対して勝利し、なぜその逆にならなかったかという事に対する最大の原因である事から来ている。

(続く)