シンガポール通信ージャレド・ダイヤモンド「銃・病原菌・鉄」2

さてそれではまず、「銃・病原菌・鉄」に書いてある事をまとめてみよう。この本は、約1万3000年前に最新の氷河期が終わって以降の人間の歴史を、俯瞰した立場から記述したものだと理解する事が出来る。現在の世界では西欧および米国の技術・文化が普及しており、ある意味で欧米によって全世界が制覇されつつあると言っても良いであろう。この本を記述するきっかけとなったのは、そのような事態が生じた根本的な原因はなんだろうという素朴な疑問であると著者は述べている。

確かに現在、世界中でグローバリゼーションやその必要性がやかましくいわれている。日本でも例に漏れず、多くの識者と言われる人たちが、グローバリゼーションに乗り遅れるなという論調を展開している。しかし不思議な事に、グローバリゼーションとは何かが真剣に議論される事は少ない。しかしこれらの人々の言うところを総合してみると、グローバリゼーションとはつまるところ、欧米のもっと言うと米国の言語・技術・考え方さらには文化などを世界標準として取り入れようという事を意味している。いうならば世界の欧米化である。

その意味ではこの本の著者の言うように、世界が欧米によって制覇されつつあるという言い方は正しいのであろう。しかしなぜそのような事になったのかに関しては、たしかにこれまで明快な回答は得られていない。もちろん、その事を扱った著述は多いであろう。しかしその大半が欧米の著者によって書かれたものである事から、その論旨は、欧米が他の国々に比較して文化的にも技術的にも国家としての統治方法に関しても他の国々を圧しているのは、欧米人の積極性・勤勉性、さらには優秀性に基づくというものが多いであろう。

いうなれば、ヨーロッパやさらには彼等が移民して作り上げた米国に居住する白人種が優秀な頭脳を持っている事が、西欧や米国における歴史の中で彼等が多くの発明を行い種々の社会システムを作り上げる原因となり、それが現在の世界標準になりつつあるという論旨である。この本のユニークな点は、まさにその部分に焦点を当てて、欧米が他の国々に対し現在優位性を持っている原因を、人種的な優劣ではない部分に求めようとしている点にある。

さてこの本は氷河期が1万3000年前に終わって以降の人間の歴史を俯瞰しようとしていると書いたが、氷河期が終わったという事は何を意味しているだろうか。氷河期の終わりは、氷河が溶けることによって低かった海面が上昇し始め、それまで地続きだった北米とユーラシア大陸オーストリアと近隣の島々、アフリカとマダガスカル島などが海で隔てられ始めた事を意味している。同時に一方人類の歴史から考えると、約8.5万年前にアフリカを離れてアラビア半島に移った約150人からなる人類の祖先が1万3000年前にはほぼ全世界に移住を終わっていたという事も意味している。(この事は、スティーブン・オッペンハイマー「人類の足跡10万年全史」草思社にくわしく書いてある。)

つまり、アフリカを祖先とする現在の人類が全世界に移住を終えたほぼ同じ時期に、氷河期が終わることにより、それまでつながっていた大陸や島々が海で隔てられ、人類の祖先はそれぞれの大陸や島で独自に人類としての発展を開始しなければならなくなったのである。そして同時に氷河期の終わりは、温暖化によってそれまで不毛であった土地が草原や森林に変り始め人類の祖先にとっては住みやすい状況になって行ったことも意味している。

すなわち1万3000年前は、全世界に移住を終えていた人類の祖先が、ヨーイドンで一斉に発展の競争を始めた時期であると考えても良いだろう。それが1万3000年後の現在では、欧米の人々が他の国々の人々に圧倒的な差をつけて先頭を走っているというわけである。なぜそうなったかをこれまでは、走者(すなわちそれぞれの人種)の能力によって説明しようとして来たのであるが、この「銃・病原菌・鉄」ではそれをそれぞれの人種の能力によるのではなく、彼らが住んでいた環境および環境と人間との関係に基づくものであるとして説明しようとしている。この点がこの本がユニークな視点を持っているとして注目されている所以であろう。

さてそれでは、この本ではどのような環境や環境と住んでいる人間との関係がその後の歴史を大きく変えたとして説明しているのだろうか。この本は文庫本で2分冊のかなりの分量であるが、そこで述べている事は以下の点にまとめられる。

(続く)