シンガポール通信ーグローバル社会シンガポールの構造2

前回少し書き残した事があるので、今回もダイヤモンド社の書籍オンラインに「グローバル社会シンガポールから見る未来予想図」というタイトルで、シンガポールで会計士として活躍しておられる杉山嘉信氏が書かれた記事を紹介しつつ私の意見・感想を書いてみよう。(杉山氏の記事はhttp://diamond.jp/articles/-/20779を参照)

さて次に筆者の杉山さんは「自国では学校の先生、でもシンガポールでは街の清掃員」というタイトルの章をもうけ、シンガポールではいかに低賃金で外国の労働者を利用しているかを紹介している。その1つの例としてメイド制度を紹介しており、もう1つは街の清掃などを安い賃金で外国人を使っている例を紹介している。

メイドは確かにシンガポールでは広く普及している。私の住んでいるNUSの家族寮でも、半数程度の教員がメイドを雇っていると思われる。私の家にも狭いがメイド用の部屋がある。メイドが子供の面倒を見たり食事を作ってくれたりするので、夫婦の共働きが可能となる。確かに共働きは多い。それに伴いシンガポールにおいては女性が管理職などについている例が多い事も確かである。このあたりは著者の指摘するように、シンガポールがアジアの中ではある意味合理的な考え方をしている国である事は確かである。

メイドの大半は近隣諸国から出稼ぎに来ている女性である。そして街の清掃や土木作業などのいわゆる汚い仕事をしているのも、その多くが近隣諸国からの出稼ぎである。しかし、彼等はシンガポールでそのような仕事をし収入を得る事を目当てで来ているので、いわば双方合意の上で働いているわけである。著者はバングラデシュでは学校の先生などをしている人がシンガポールで街の清掃をしている例を引き合いに出している。これは強い印象を与えるために引き合いに出したのだと思われるが、本人の意思に反してそれが行われているわけではないことに注意する必要がある。

シンガポールでは、近隣諸国からの出稼ぎを低賃金の一時的な労働者と考えて使っている。しかしながら考えてみれば、日本においても企業では低賃金の仕事はアルバイトや派遣社員などにやらしており、会社の景気が悪くなれば彼等から切って行くというのは通常になっている。つまり、先に述べたようにシンガポール全体を「シンガポール株式会社」と考えれば、ここで行われている事は日本の企業で行われている事と同じであって、なにもシンガポールのシステムが進んでいるというわけではない。

どうも著者はこれらによって、シンガポールでは物事を合理的に考える傾向が強い事、そしてそれが今後の世界のスタンダードになる事を述べると共に、日本がそれに比較して遅れている事を暗に言いたいのだと思われる。しかしながら上に述べたように、シンガポールで起こっている事は日本でもすでに起こっている事である。これをもって日本が遅れているということはいえないと思われる。

またシンガポールでは欧米におけるスタンダードである合理的な考え方が浸透していると著者は述べているが、シンガポールの合理性は欧米のそれとは異なる事を指摘する必要がある。前回も述べたが、表面は合理的でも組織の中や仲間内では、人間的なつながりの方を重視するいわゆるアジア的文化が根深く残っている。むしろ、このようなアジア的なつながり重視の文化を温存しつつ欧米の合理性を導入しようとするから、組織の内外での較差が目立ち、組織外から見ると極めて冷徹な合理性が支配しているように見えるのであろう。

それともう1つ指摘しなければならないのは、現状がいつまで続くかという事であろう。シンガポールは貿易立国である事を有利に活用して、東南アジアの他の国々に比較して早くから欧米の文化や考え方を導入して、先進国としての地位を築いて来た事は事実である。それが、シンガポールに比較して周辺国の人件費が安いため、それを有利に活用するという現在の状況につながっている。

しかしそれはいつまで続くだろうか。周辺のマレーシア、インドネシア、タイなどの国々の経済も急速に発展しつつある。それに伴い人件費も上昇していくだろう。月数万円という給与でメイドを雇えるのはそう長い間ではないだろう。日本の企業は、中国の安い人件費を使うため中国に生産基地を移し、中国の人件費が上昇すると東南アジアの国々に移して来たが、そのような戦略が行き詰まりつつあるのが現在の状況であろう。

シンガポールは貿易立国であり製造業が極めて少ない国である。そこは日本とは状況が違うのであるが、果たして長い目で見るとそれは吉と出るのか凶と出るのだろうか。さらに少子化・高齢化という意味ではシンガポールは日本と驚くほど状況が似ており、近い将来日本と同様の少子高齢化社会になると予想されている。

現時点では確かにシンガポール株式会社はうまく運営されているようである。しかしどこかで聞いた事があるが「企業寿命30年説」というのがある。これは企業が盛んに活躍できる時期は平均して30年というものである。シンガポールは建国以来47年、いまや真っ盛りというわけであるが、その将来は決して安泰というわけではないと私は考えている。