シンガポール通信ーグローバル社会シンガポールの構造

友人から面白いオンライン記事を紹介された。ダイヤモンド社の書籍オンラインで、タイトルは「グローバル社会シンガポールから見る未来予想図」というもので、筆者はシンガポールで会計士として活躍しておられる杉山嘉信という方である。大変面白く同時に刺激的な記事であり、ある意味その通りなのである。しかしながら少し違う見方もあると私は思うので、記事を紹介しながら私の意見も書いてみたい。

まず指摘したいのは、著者の杉山さんは会計士として独立して働いておられるので、いわば一匹狼として見たシンガポール社会に関する意見を書いておられるということである。前にもこのブログで指摘したけれども、シンガポールはある意味で国家を会社と見た方が良いと思う。いわゆる「シンガポール株式会社」である。

著者の意見は、その会社を外側から見た意見である。 私が会社組織の内部の人間であるとまでは言わないけれども、大学というシンガポール株式会社の一部の組織に属しているという意味で、会社の様子を内側から見る事ができる立場にはいる。その意味で著者とは少し異なる見方もできると思っている。

さて著者はまず、「シンガポールは勝ち組はさらに勝ち続け、負け組はすぐに退場というシビアな環境にある」と指摘している。すなわち欧米に劣らずもしくはそれ以上に極めて厳しい競争社会であるということである。

会社組織の中に入っていない人から見ると確かに指摘されているような厳しさがあると見えるだろう。しかしそれをもってシンガポールが完全な競争社会だというのは、いいすぎであると思う。外側から見ると厳しい競争社会でも、いったん組織の中に入ってしまえば、そこにはある種の仲間社会がある。

シンガポール国立大学(NUS)でも、教授達が常にお互いに競争しているというわけでもなく、仲間で一緒にプロポーザルを書き研究予算を取ってくるというのは普通である。つまり、仲良くやりながらやろうという雰囲気があり、すべての面で厳しい競争社会というわけではない。

言い方を変えると、シンガポール株式会社の幹部社員になってしまえば、あとはへまをやらない限り安泰に地位が向上して行くという仕組みになっている。この辺りはある意味で日本と似ているのではないだろうか。「勝ち組はさらに勝ち続け」というのは、何かで成功する事により、シンガポール株式会社の幹部として認められてしまえば、あとは自動的にいろいろな仕事や地位が得られるという事を意味している。

次に著者は教育制度に触れ、シンガポールではすでに小学校時代に、大学に行けるか高校卒業後就職するかが決まってしまうという競争社会である事を書いている。たしかに、小学生の間に個々人の将来のコースをある程度決めてしまう仕組みになっている事は確かである。

しかしこのことは、大学進学組に入ってしまえば、後はいわゆるエリートコースを歩める事を意味している。上に述べたように、エリートの間ではそれほど厳しい競争があるわけではなく、仲間内で助け合っていくという側面があるわけである。

また、高校卒業後就職する方に分けられた学生達には、これも前にこのブログで書いたけれども日本でいう専門学校に相当する学校を国が大規模のものを用意している。そして全員がそこで1、2年の教育を受け、自分に適した職業に就くための専門技術を身に付けられるようになっている。つまりエリート以外は切り捨てというわけではなく、いわば人の才能に適した進路を用意していると理解する事ができる。

次に著者は「所得格差は日本3.4倍に対し、シンガポールは9.7倍」と指摘し、競争社会である結果、所得格差が激しい事を述べている。この所得格差が激しいというのは確かにその通りある。所得格差約10倍というのは、私自身も自分の給与と秘書の給与を比較すると(そこまでではないにせよ)実感できる。

しかし、その分給与の低い人たちは責任もその分低い。たとえば私の研究所では、秘書など事務系の職員は就業時間が終わるとそれこそ数分もしないうちに全員が帰宅してしまう。私が頼んでいた仕事も、パソコンの入力途中で帰宅し、残りは明日というわけである。

そのことは、就業時刻終了(通常午後6時)以降は十分時間があるから、他のアルバイトをしても良いし、自己研修に励んでもいいわけである。日本では上司が残っていると秘書も残業をせざるを得ないという雰囲気が現在でも残っているようであるが、この点はシンガポールは極めて欧米的で合理的な仕組みになっている。

私の前の秘書はポリテクニク(日本で言えば高等専門学校)出身であり、そのままでは秘書職以上の事務職に就くのは難しいのであるが、秘書の仕事が終わった後は、大学進学のための資格を取る勉強をして、めでたく大学に進学して秘書をやめてしまった。その意味では、シンガポールでは小学校時代に大学進学組とそれ以外に振り分けがされ(もっと正確に言うと、大学進学組、ポリテクニク進学組、就職組に振り分けられる)将来の進路が決定されるというように一見みえるけれども、実はこのクラス間に移動の道は残されているのである。

(続く)