シンガポール通信ーヴェーゲナー「大陸と海洋の起源」2

ヴェーゲナー「大陸と海洋の起源」の第2章では、これまでの大陸と海洋の関係に関する説が紹介された後、大陸移動説の概要の説明が行われる。そして第3章以降ではその裏付けとなる理論、事実が述べられる。

まず第3章では、天文学的経度測定による大陸移動の問題が扱われている。これは地球上の1点と星座との位置関係から、その場所の絶対的な位置を推定しようというものである。この方法によると、グリーンランドは毎年約30mの速度で西に移動しつつあるということになる。これは驚くほどの速度であり、現在では当時の測定結果が誤っており実際には毎年数センチ程度である事が確かめられている。

しかしこの値は、地球上のあった唯一の大陸であるパンゲア大陸ヨーロッパ大陸アメリカ大陸・グルーンランドに分かれ始めたと彼が考えた時代と、現在の位置関係から割り出した必要な移動速度になぜかよく合うのである。彼がパンゲアが分離し始めたと考えた時代は現在考えられている時代より遥かに新しいため、必要な移動速度が大きくなったのであるが、たまたまそれが誤った天文学的経度測定の結果とうまくあってしまったため、彼はこれが大陸移動の最大の証拠と考えてしまったわけである。間違っている結果(大陸移動の速度)から正しい結果(大陸が移動しているという説)が得られるというのは不思議な気がするが、科学技術の歴史の中ではしばしば起こっている事なのかもしれない。

次の第4章では、地球の表面構造に関する仮説が述べられ、それの正しさが地震波の伝わる早さに関する測定などにより主張される。ここでの仮説とは、地球表面が大陸の塊を作っている層(シアルと呼ばれる)と深海底を作っている層(シマ)から構成されているという説である。この説自体は現在でも正しいことがわかっているため、ヴェーゲナーの主張していることは正しいわけである。

しかしながら彼の大陸移動説では、シマの上に乗っているシアルがその上を滑るという事を主張している。もっと正確に言うと、シアルはシマの中に沈み込んでいる部分もあるから、シアルはシマを押しのけながら進むという事を主張していることになる。そのためにはかなりの力を必要とするはずであるが、その力がどこらら生じているかを彼は述べていない。(この本の後半でその説明があるのであるが、どうもそれはそれまでの説明に比較すると説得力が弱いようである。)

現在の私達は、大陸移動説の進化した形である「プレートテクトニクス」という学説を知っている。それによれば、地球の表面は何枚かの固いシマ(現在ではプレートと呼ばれる)で構成されており、このシマがマントルの対流に乗って動くことが大陸移動を引き起こしていることになる。この説によれば、シアルはシマの上に乗ったままシマの移動によって移動するだけであり、シマとシアルの相互位置は変わらない。こちらの説の方が、シアルがシマを押しのけて動くという説に比較して明快でり説得力を持つ事は確かである。このあたりは、科学的な理論の進歩のありかたという意味で大変興味深いと思われる。

第5章では、地質学的な議論に基づく大陸移動の正しさが主張される。ここで例としてあげられているのは、先に述べたアフリカ大陸の西海岸と南アメリカ東海岸である。この両者は形が似ており、合わせてみるとジグソーパズルの2つのかけらが合うようによく合致する。ところがそれだけではなくて、同じ場所の両側が地質学的にも合っているのである。対応する場所では、両側にある岩石がほぼ同じ種類のものであったり、また山脈なども両側でうまく続いている。これではどうしても、昔は両者が接続していたと考えやすいわけである。この章は私達のような素人にとってもっとも大陸移動説が説得力があり、またわかりやすい章であろう。

第6章では、2つの大陸間で見いだされる化石に基づく両者の大陸に住んでいた動植物、さらには現在の動植物の類似性を種々の大陸間で示し、それによってこれらの2つの大陸がかっては一緒でありその後分離したと考えられる事を主張する。これも大変説得力のある記述であり、私達素人にもわかりやすい。

以上のように、やはり私達一般人に取ってわかりやすいのは地質学的な証拠や生物学的な証拠であり、その意味では第5章・第6章がヴェーゲナーが自らの大陸移動説の正しさを主張している部分として私達も同感できる部分である。

残念ながら第7章以降は少し専門的になるし、先に述べたようにシアルがシマを押しのけて動く事を無理矢理説明しようとしている。また彼は大陸の移動が主として西の方向へ移動すると考えていたようで、それに関しても説明があるがどうも説得力に欠けるところがある。

とういわけで、岩波文庫2分冊ではあるが、私達素人にとって面白いのはその第一分冊という事になる。彼の大陸移動説は、今日のプレートテクトニクス理論に比較して不正確であり古いという考え方もあるだろうが、科学技術理論というのもがどのようにして生まれ、どのようにして改良されて来たかということの良い例題という観点から読んでみると、大変興味深い本である事は間違いない。