シンガポール通信ー増田直紀「私たちはどうつながっているのか」

この本は中公新書の1冊で、ネットワーク時代の人々のつながり方を、ネットワーク理論、グラフ理論を援用しながら説明したものである。著者の増田氏は1976年生まれであるからまだ30歳台、新進気鋭の研究者と考えられる。複雑ネットワークの研究者であり、現在東大講師を務めておられる。

フェースブックツイッターなどのソーシアルネットワーク(SN)上で生じている現象を扱っている本は多い。しかしその大半は、その現象を例えばビジネスと言う観点から眺め、どうすれば企業がこれらのSNを企業広告活動に有効に使えるだろうかという内容であったりする。いわばこれらの本はハウツーものに属するものといえるだろう。

また、SNを人と人のつながりのためのツールと見なし、SNによっていかに人々のつながりが豊かになっているかを述べている本もある。その1つが、SNがいかに3.11の東北大震災時に力を発揮したかを述べている種類の本だろう。これらの本はいわば現実に起こっている事実を述べている本であって、ドキュメンタリーものと言っても良いかもしれない。

しかしこれらの本の大半は、いずれもSN上での人々のつながりはこれまでの人々のつながりとどう異なるのか、そしてまたなぜSNが世界的にこれほどまでに急速にユーザを増やしているのかという問いには答えてくれない。

しかも多くの本の著者自身が、何からの形でSNにおけるコミュニティの立ち上げや運営に関わっているため、どうしても自分の立ち位置からSNというものを見てしまう。つまり自分の活動が本の内容に色濃く反映され、そしてそれはどうしても肯定的な見方になってしまう。

その意味でSNとは何かをもっと客観的に述べている本はないかと探していたのであるが、この本はそのような少ない本の1つである。この本は上にも述べたがSNにおける人々のつながりをネットワーク理論もしくはグラフ理論の立場から論じたものである。できるだけ主観を排して、人を点と見なし、人と人のつながりを点と点をつなぐ線と見なすことにより、SN上で実現された人と人のつながりを複雑ネットワークとして見ようという立場に立っている。

複雑ネットワークのキーワードは2つあると著者は述べている。「スモールワールド」と「スケールフリー」がその2つのキーワードである。

スモールワールドというのは、世界中の見知らぬ人同士が実は比較的少ない中間の人を介してつながっているということを示している。1967年に米国の心理学者が行った実験では、任意の知らない人同士でも間に6人程度以下の人を介するとつながるという結果が出ている(6次の隔たりと呼ばれている)。これはそれ以外の種々の実験でも検証されているとのことである。

上記の実験は手紙を実験のツールとして使っているのであるが、電子メールでもほぼ同様の結果が出ているとのことである。さてSNの場合はどうかというのが誰もが持つ素朴な疑問であろう。残念ながら、この本ではSNにおいてどうなっているのかと言う結果は述べられていない。これはこの本に期待することの1つなのでぜひとも文献等を探してそのような実験結果がないかどうか調べてほしかったというのが率直な感想である。

もしSNにおいて通常6次の隔たりが、それ以下例えば4次の隔たりとして実現されているとすると、それはSNが人々が容易につながる場を実現したことになる。そしてそれは、SNが爆発的に普及していることの1つの原因と言っても良いと思われるので、なんとか実証実験などがないかどうか知りたいものである。

もう1つのキーワードはスケールフリーである。スケールフリーとは散らばりが多いことを示している。例えば世界の人々の間の富の配分を考えてみると、人々はごく少数の富豪と大多数の平均的な収入層、そして貧困層から構成されている。同様にネットワーク上でも、ごく少数の人が極めて多くの人とつながっており、一方大多数の人はごく少数の人とつながっているに過ぎない。

これは例えばツイッター上で数万・数十万というフォロワーを持った少数の人が居るのに対し、大多数の人々は数十、数百というフォロワーの数に止まっているということに対応している。しかしここでもまた、この本ではSN上でのスケールフリーと現実社会におけるスケールフリーの比較と言うところまで行っていない。

まとめてみると、この本は確かに少なくとも何かの先入観に基づいて書かれている本ではなくて、純粋に人と人の関係をネットワークという立場から説明しようとしている本である。その意味では、客観的記述に基づいており、読んでいてもすっきりした気分を持続出来るし、ネットワーク上で起こっていることを理論的観点から見るという立場を提供してくれる本であることは確かである。

ただ、SN上での人と人のネットワークという話題に特化している訳ではなくて、人と人のネットワークをネットワーク理論・グラフ理論という観点から見ようとしている本だということができる。したがって残念ながら、最初に述べた疑問である、SN上の人と人のネットワークと現実のネットワークはどう違うのか、そしてまたなぜSNが急速に全世界的に普及しているのかと言う疑問に答えてくれる本ではない。