シンガポール通信ーかわぐちかいじ「僕はビートルズ」

モーニング誌に連載されて来た、かわぐちかいじ氏(原作は藤井哲夫氏)による「僕はビートルズ」が終了した。連載第91回での終結である。予想以上に早い終結で、ちょっとがっかりである。

ストーリーは、SFではいわゆるタイムスリップものと言われるジャンルに属する。ビートルズ大好きで、バンドを組んでビートルズの曲を演奏することを趣味にしている20歳代前半の若者、ショウ、マコト、レイ、コンタの4人組が、何かの弾みで1960年代前半の日本にタイムスリップする。

時はあたかもビートルズがデビューする直前の時代。4人でビートルズデビュー直後の曲をクラブなどで演奏するが、時代に先行しすぎており、人々になかなか受け入れてもらえない。ところが時代を先取りする音楽に対するセンスを持った若手の女性音楽プロデューサー卯月マキの目にとまり、「ファブフォー」というバンド名を付けて正式デビューすることになる。

もちろん当時の日本で、日本人によるバンドがビートルズナンバーを演奏してもなかなか受け入れられないだろう。ちなみに60年代前半は私はまだ高校生時代、既にエルビスプレスルーは人気を博していたとはいえ、日本ではまだ坂本九などがアメリカの軽いポップスを日本語で歌っていた時代である。ビートルズの音楽をしかも日本人が演奏してもバタ臭い感じを与えそう簡単に受け入れられるとは考えられない。

しかしながら、卯月マキの売り出しが徐々に功を奏し、やがてファブフォーは大人気バンドとなり、武道館を満員にするほどの人気を博することとなる。このあたりの、最初は彼等の歌うビートルズが全く受け入れられない状態から、時代を先取りしている一部の若者に受け入れられ、それが広がって人々に熱狂的に受け入れられるようになる経緯は、なかなかうまく描かれており、思わずファブフォーの4人に感情移入してしまうように作られている。

その次の展開として、卯月マキは彼等を世界デビューさせることをもくろむ。その第一弾として英国進出をもくろみ、英国側の音楽プロデューサーとの交渉を始める。もちろんまだビートルズはデビュー前であり、その存在は知られていない。

しかしもちろんファブフォーの4人はビートルズの4人の存在を知っており、彼等の歌を演奏している自分たちが歴史を変えてしまう可能性があることにも気づいている。そのような可能性と同時に、ビートルズ大好き人間の彼等としては、生のビートルズに会える可能性があることに興奮する。そして英国進出をもくろむ卯月マキのプランに乗り、英国で演奏会を行うために渡英する。

この辺りまではストーリーは大変良く出来ており、読者は期待に胸を躍らせながら毎週発売されるモーニングでの続きを待つことになる。ファブフォーがデビューしたことにより、歴史は変わり、ビートルズはデビューしないのだろうか。

そうすると歴史の変わった世界ではファブフォーがあたかもビートルズの代わりに世界的英雄になるのだろうか。とはいいながら、実際には自分たちの創りだした曲ではないものを演奏することによる罪悪感はないのだろうか。またそれが彼等の演奏に影響し、さらには人気にも影響するのではないだろうか。

それとも、ビートルズはやはりデビューするのだろうか。そうすると、ビートルズとファブフォーの関係はどうなるのだろうか。ファブフォーはビートルズの全曲を知っている訳だから、ビートルズに先駆けて曲を披露することが出来る。そうするとビートルズは別の曲を創りだすことになるのだろうか。そしてそれらの新しい曲でやはり世界的に有名になるのだろうか。

そうするとビートルズとファブフォーは兄弟バンドのような関係になるのだろうか、それとも陰と陽の関係になるのだろうか。そしてその場合、ビートルズとファブフォーのいずれが陰でいずれが陽になるのだろうか。

とこのように興味は尽きない。大変面白いというよりは大きなテーマであり、前作「ジパング」を上回る作品になるのではとの期待を抱かせた。ところが残念ながら、期待は大きく裏切られるのである。

(続く)