シンガポール通信ー岩波新書「メディアと日本人」

先週帰国した際、書店で岩波新書の本書を見つけたので購入して読んでみた。メディアの利用状況、特にインターネットとこれまでのメディアである、テレビ・新聞・書籍などの利用状況を関係付けて記述してある。

本書は、著者が定期的に実施しているアンケート調査をベースとして、これらのメディアの利用状況の実態を報告している点に特徴があり、その意味で実際のデータをベースとした調査報告書的な意味合いの強い内容である。

FacebookTwitterなどのいわゆるソーシアル・ネットワークと呼ばれるメディアの隆盛がここ数年目覚ましく、そのためインターネット上の新しいメディアは常に注目を浴びているのであるが、意外にもメディアの動向に関する新しい書籍の数はあまりないのが実情である。

その理由としては、これらの新しいメディアの動向の流れがあまりにも速く、それらに関して著書を書いている間に状況が変わってしまうというのが現状であるため、メディアの動向に関して本を書きにくいというのが正直なところではあるまいか。

その点、本書のようにアンケート調査の結果を中心とした著書は、いわば「事実」を述べているため、メディアの動向には左右されないという強みを持っている。とはいっても調査結果をベースにしているため、現在から過去にさかのぼった動向を語る事しかできないという弱みも持っている。つまり今後どうなるのかは基本的には語っていないのである。

さてその調査結果の内容であるが、基本的には容易に予測されるようにメディアの利用に関してはインターネットの利用時間、利用率が増加しているという結果になっている。特にインターネットの普及率が50%を越えた2000年前後からこの傾向は顕著になっている。

ただし、これだけを取り上げれば当たり前の事であって、誰でも予想していた事であろう。したがってインターネットと他のメディアの関係がどうなっているかが興味のもたれるところである。

これに関してはいくつか興味深い調査結果が得られている。まず1つはテレビとの関係である。よく言われるのはインターネットの普及によりテレビの視聴時間が減っているということである。調査結果によれば、確かにテレビの視聴時間は斬減傾向にあるが、激減というほどではないし、ニュースなどの世の中の動向を知るメディアとしてはまだメディアの王者としての地位を保っているという事である。

一時期子供を中心に若者がゲームに興じる時間が増えたため、テレビを見る時間が減ったという事が言われた。残念ながら本書ではゲームが調査対象のメディアとして取り上げられていないので、その事に関しては記述がない。もっとも、携帯上でのカジュアルゲームを楽しむ時間は、インターネット利用時間に入っていると思われるので、ゲームがインターネット使用時間を増やすのに貢献している事は確かだろう。

もう1つは、インターネットの使用の増加に伴い、新聞の重要性が減少しつつある事である。これは新聞を読む時間が減っている事にも現れているが、それ以上に世の中の出来事を知るためのメディア、仕事や研究に役立つ情報を得るためのメディアとしての新聞に対する人々の信頼度が、他のメディアに比較してここ10年で大きく減少している事があげられる。

確かに、新聞社が新聞記事を印刷する前にネット上に載せるようになってから、新聞のニュースに対して私自身が感じる重要性も減ってきている。シンガポールでは新聞は購読していないので、当初は新聞に対する渇望感というものを感じたが、新聞社が提供しているネット上のニュースで現在起こっている事の大半は知る事ができるようになってきている。

休日に買い物に出かける際に買い求める新聞や、日本帰国の際の機上で読む新聞なども、最初はむさぼり読んだものであるが、最近はネット上に既に載っている記事と同じものが多いので、それほど新鮮味を感じない。

もちろんその他の記事、例えばニュース解説や文化欄の記事の多くはネット上では見られないものであるから、それなりに意味はあるが、これまで新聞が持っていた利点のかなりの部分が失われている事は確かである。やはり新聞の特徴の多くはニュース面にあったのだという事を再確認した次第である。

(続く)