シンガポール通信ースティーブ・ジョブス

スティーブ・ジョブスの伝記が発売になっている。たぶん全世界で何十万、何百万、もしかしたらそれ以上の人たちが、ブログやFacebookなどでこの本の感想を発信しているだろう。あえて私がという気もするけれども、私自身の感慨のようなものもあるので、記しておきたい。

ともかくもスティーブ・ジョブスという人間の生き方に強い印象さらには感動を受けることは間違いない。たぶん、この著書を読んだ感想の大半はジョブス本人や彼の生き方に対する賞賛の言葉で埋められているものと思われる。しかし、同時に彼の何が私たちを感動させるのかを明らかにすることも必要だろう。

まず私たちが感動するのは、彼の強い個性とそれを貫き通したエネルギーだろう。自分の直感を信じ、アップル社の製品のすべてをその直感に信じて完璧にまで作り上げないと気の済まない性格や、そのために発表間際のものでも気に入らなければすべてをリセットし最初から作り直すことを要求する場面がこの本には何度となく描かれている。

これは、彼を技術者というよりアーティストとして理解した方が良いことを示している。まさに彼の生き方は、アーティストとしての生き方である。一般の人たちの生き方を堅実な生き方とすると、アーティストのそれはいわば破滅的な生き方である。

創立したアップル社を追い出され、その後アップルが不振に落ち入り、破産寸前になったところで立て直しのために復帰する場面や、死の直前までアップルの製品の開発のすべてに関与したり、製品の発表会ではジョブス流とてもいうべき人を驚かせ強い印象を与えるプレゼンをしたりという生き方からは、彼のアーティストとしての側面が強く感じられる。

ただアーティストの場合は自分一人、もしくはたかだか数人・数十人というグループでのアート制作作業であるから、完成直前のアート作品を最初から作り直すというような振る舞いも可能かもしれない。しかし、アップルの場合は、今や時価総額で世界一の会社であり、そのような大組織の運営をこのようなアート制作的方法論で行うというところは、常人には出来ないところであろう。

アーティストとしての個人の信念を貫き通す生き方と、組織における、組織の成員全体の意見を考慮したり組織の存続を第一にした生き方は、ある意味で正反対の生き方であって共存することは困難である。それがジョブスの場合は実現されているという希有な事実に、人々は感動するのではないだろうか。

もう一つは彼が自分が創立したアップル社を追われるという失意の経験をしていることだろう。iPod、iPone、iPadの一連の製品の成功、特にiPoneの成功以来、マスコミなどの彼に対する賞賛はある意味で度が過ぎており、何を行っても成功させる人間であるかのように彼を取り扱って来た。

しかし彼が失意の時代を経験していること、そしてこれまでもあまり例がないようなそこからのカムバックとそしてそれ以降の以前にも増してクリエイティブな彼の製品開発にかける情熱とその結果としての成功こそが、死の直前まで彼がなし得たことに輝きを与えているのではないだろうか。

このブログでも書いたけれども、私は彼の講演を1995年のロスアンゼルスにおけるSIGGRAPHというCG関係の国際会議・展示会で聞いたことがある。1995年は彼がCEOを務めるピクサートイ・ストーリーを作り上げ、公開した年であり、彼がアップルに復帰する1996年の前年である。

SIGGRAPHは毎年数万人が参加する大規模な会議・展示会であるが、彼が講演したのは、その会議に付随する参加者二百人程度のワークショップである。本会議の方は1000人以上参加の講演が複数個並列して開催されているのに対し、このワークショップはいわば付録的な行事であり、本会議とは少し離れた会場で行われた。したがって彼の講演はSIGGRAPHの主役としての講演ではなく、いわば脇役、それもかなりの脇役としての仕事であったといっていいだろう。

もちろん私を含めた聴衆もそして多分彼自身も、翌年の彼のアップル復帰はまだ予想だにしていなかった時である。ピクサーでの彼の仕事は、彼本来の仕事とは離れている。むしろ彼にとって情熱を注ぎ込むことのできる仕事は、アップルを追われてから設立したワークステーション開発の会社ネクストの仕事だろう。

しかし、ネクストのワークステーションは、当初の期待に比較すると失敗と言っていいほど売れていなかった。という意味ではこの時のジョブスは、ある意味でまだ失意の底にいたと言っていいであろう。

(続く)