シンガポール通信—日英自動翻訳は使えるか2

前回は脱線してしまったので、今回は少し日英自動翻訳の実力について書いてみよう。日英自動翻訳のソフトは、いくつかの会社からソフトウエアパッケージが発売されている。また、Google翻訳、Yahoo翻訳のような無料で翻訳してくれるサイトもある。さらには日英自動翻訳をビジネスとして展開しているサイトもある。

Google翻訳、Yahoo翻訳のサイトは、Windowに日本語を入力すると英語に訳してくれるというものである。従って短文を気軽に訳したいときに使うというイメージである。入力文の長さにも制限があるようで、少し長い文を入力するとエラーになってしまう。

私がやろうとしているのは、昨年和文で出版した本を英文にしようというもので、全体で6章、各章が約4万文字の長さである。したがって、この長さのWord文書を受け入れてくれる必要がある。という事で少し探してみたが、結局これだけの長さのWord文書を受け入れてくれるのは、日英自動翻訳をビジネスとして行っているサイトにお世話になるしかないようである。これも人に聞いたり自分でもチェックしたりしたが、結局A社が提供している自動翻訳サービスを利用する事にした。

毎月の使用料を支払う必要はあるが、そこそこ安価であるしまあ問題ないだろう。これだけの長さのWord文章も受け付けれくれる。ということでとりあえずは全6章をこの自動翻訳にかけてみた。少なくとも出力は得られた。従って6章分の和文を自動翻訳した英文のWord文書が得られたわけである。私としてはこの段階で、翻訳の仕事は半分は終わったものと考え、後は全体をチェックするのにある程度時間をかけると翻訳が完了し、出版社に持ち込めるものと考えていた。

そこで各章の英文をチェックする作業に入ったわけだけれども、自動翻訳された英文を見て愕然とした。これまでも日英自動翻訳はあまり使い物にならないという話は聞いていたが、全くその通りである。訳が悪いというレベルではない。英文を読むだけでは全く何を言っているのかわからないというのが実情である。原文とつきあわせるのも難題で、順に追って行かないと原文と翻訳文の対応関係さえとれない場合もままある。

ということで、チェックを開始するという事は、ほぼ完全に見直しをかけるのと同じ事になった。これなら全部自分で翻訳した方が早いのではと思う事も何度もあり、挫折しそうになったこともあるのであるが、ともかく全6章のうちやっと2章分をチェックをかけたところである。もちろん日英自動翻訳のソフトの未熟さに問題がある事が主な原因だろう。しかし、原文を見ていると、どうもそれだけではない事に気付きはじめた。

何よりも大きいのは主語の問題であろう。例題として短い原文とその翻訳文をあげてみる。
例1:原文「皆さんも経験があると思うが」翻訳文” Although you also think that you are experienced”
例2:原文「あの雰囲気がどうも好きになれない」翻訳文”It does not care for that atmosphere somehow”

例1では「思う」の主語がyouとして訳されている。これは私が思うのであるからIであるべきである。例2も同様で「好きになれない」の主語がyouであるべきところがitと訳されている。前者は「経験がある」の主語がyouなので、同様に「思う」の主語もyouだろうと決めたものだろう.後者は主語がわからないのでitを当てたのだろう。

しかしそのつもりで私の原文を見てみると、主語がほとんど省略されている事に気付いた。これは翻訳ソフトとしては大変だろうと少し気の毒になった面もある。私たちは、日本語で文章を書く場合に主語を省略する事が多い事は常識としては知っている。しかし日常読む文章で、主語が省略されているために理解に苦しむ事はないといって良いだろう。前後から主語が推測されるからである。

一方で古典の場合、例えば源氏物語ではほとんど主語が現れないため、解読に苦労するという経験をしている。昨年なんとか岩波文庫源氏物語を読了したが、この場合も注釈で主語が説明されているおかげでなんとか理解できたというのが正直なところである。

しかし、結局のところ現在私たちが書いている文章も、基本的には主語が不在であることに気付かされた。つまり私たちが書いている日本語は、源氏物語の昔からの伝統を受け継いでいるわけである。源氏物語が読みにくいのは、単に当時の時代背景や物語の人間関係を私たちが十分に理解していないからに他ならないことに気付かされたというわけである。