シンガポール通信ースノーボール・アース

先週帰国した際に、早川文庫の「スノーボール・アース」を本屋で見つけたので買い込んだ。この週末に読んでみたが大変面白く、1日で読み終えた。

少し脱線するけれども、早川文庫はSFで有名である。最近はSFは時々読む程度であるが、かっては大変はまってしまい、当時の早川SF文庫の本をほとんど読んでしまったことがある。最近はあまり読まないけれども、その理由の1つは面白いSFに出会うことが少なくなってしまったからだと思っている。

SFは未来を描く文学である。そしてそれによって読者にセンス・オブ・ワンダーを与えようというものだろう。ところが、ともかくも世の中の動きが速いため、未来特に近未来を予測するSFを書いているうちに、世の中がそれを追い越してしまうような事がおこっているためではないだろうか。

一時期SFの1つのジャンルとしてサイバー・パンクがもてはやされたが、最近はあまり噂を聞かない。サイバー・パンクは近未来のネットワーク社会を背景としたSF小説であるが、そこに描かれた世界はある意味で、すでに私たちの回りで実現されてしまっている。サイバー・パンクがはやらないのはここに原因があるのではないだろうか。

というわけで、最近は本屋のSFコーナーは時々覗いてみる程度であるが、この間覗いた際に見つけた本が、このスノーボール・アースである。これはSF小説ではない。いわゆるノンフィクションに属する。

スノーボール・アースは、翻訳すると「全地球凍結」である。40億年に及ぶ過去の地球の歴史の中で、何度か地球全体が氷で覆われた時代があり、その時代のことをさしている。これは地質学的には新しい理論であり、1990年代に提唱され現在ではほぼ認められつつある理論である。

この本は、複数の地質学者達が岩石を対象とした地質学研究の中から、この理論を最初はアイディアとして考え、学会での大きな批判にも関わらず徐々にアイディアを理論へと高め、学説の正しさを証明して行く過程を小説風にまとめたものである。

地球の歴史の中では、常識的にはあり得ないような出来事がいくつか起こっている。たとえば、巨大隕石の落下による恐竜絶滅であるとか、大陸が動くという大陸移動説(厳密にはプレート・テクトニクス)や、南北の地軸が逆転したことがあるという説(地磁気逆転説)などがある。

しかしその中でも、全地球が凍結したというスノーボールアース仮説は、私たちにとって大変ショッキングである。私たちはこれまで、地球は当初大変高温の惑星でそれが徐々に冷えて現在に至っているという理論に慣れ親しんで来た。その間に、大陸が移動したり恐竜が絶滅するなどのことはあったかもしれないが、それは私たちの常識の範囲内に止まる出来事である。

地磁気逆転はもう少しショッキングである。地球内部の磁石の向きが逆転するととんでもないことがおこるのではという感覚を持ちやすい。しかしよく考えてみると地磁気は極めて弱いものであり、逆転しても私たちの身体に直接影響が及ぶ訳ではない。もちろん、磁石は南北を逆にして理解する必要があるし、渡り鳥にとっては生死に関わることであろうが、長い時間をかけて生じる現象であろうから、渡り鳥も順応できると考えられる。

ではなぜスノーボールアースが、私たちにある種の恐怖感を私たちに与えるのだろう。これは上に述べたように、高温状態から徐々に冷えて行く地球という概念が、生命の進化と相まって私たちに常識として受け入れやすい考え方だからだと考えられる。

生命の惑星地球はもちろん氷河期などの寒い磁気はあるにせよ、それもある程度のレベルの現象であり基本的には温暖で生命を育むのに適した場所であるというのが私たちの常識的な考えである。

全地球が凍り付くという現象はそれに対して「死の惑星」という印象を与えやすい。地球全体が氷に覆われると、そこは生命の存在しない世界というイメージを持ちやすい。「2001年宇宙の旅」などから、木星の衛星オイロパが氷に覆われた星として私たちにはなじみ深いが、それはまさに死の星というイメージを与えてくれる。

(続く)