シンガポール通信ーシンガポールの総選挙その後

前に今回のシンガポールの総選挙の話を書いたが、今回はその後日談。

結果を見ると総議席のうち大半を与党人民行動党(PAP)がとり、与党の圧勝のように見えるし、海外ではそのように報道されている節もある。しかしながら、実際のところは与党の得票率は約60%であり、対する野党の得票率は40%である。

まだ与党と野党の得票率が拮抗というところまではいっていないが、6対4という得票率からすると、当選議員の大半を与党が占めているというのは不思議な気がする。これは実は、シンガポールの選挙が、候補者に投票するのではなくて政党に投票するというシステムをとっている事による。

シンガポールの選挙区は、一人だけが当選する単独人区と、複数人が当選する複数人区がある。しかしながら、政党に投票するというシステムをとっているために、複数人区でも最大の得票率をとった政党がその選挙区を独り占めすることになる。いわば完全な小選挙区制をとっているわけである。

日本におけるような、複数人区では1位と2位が与党でも3位の当選者が野党の候補者であったりということは起こらないし、また比例代表制という仕組みもない。したがって、得票率の過半数を占めている政党が圧倒的に有利なのである。しかも野党が5以上あり、その政策も大きな違いはないため、あるいみでそれぞれが足を引っ張り合っている。

とはいいながら、得票率が6対4程度になって来ると、選挙区によってはばらつきも出てくるため、特定の野党が最大得票率をとるという事態も生じる。そのため、今回は現役閣僚が落選するという事態が生じた。多分与党にとっては予想もしなかった事態だろう。

前回の総選挙で与党と野党の得票率が7対3程度だった事からも、野党が大いに躍進したと見る事もできる。もし次回の総選挙でこの比率が5.5対4.5になったりすると、与党の候補者の落選が続出という事態も生じるのである。

当然ではあるが、リー・シェンロン首相に率いられる与党は、この事態を重く受け止めているようである。総選挙後の組閣で、14閣僚のうち11閣僚を入れ替えるという大幅な内閣改造を行った。入れ替わった閣僚のうちでも、国家開発相、運輸相は更迭の意味合いが多いと言われている。

国家開発相は住宅問題を担当している。シンガポールはこのところ毎年のように住宅の値上がりが続いており、住宅の賃貸料や価格は日本の大都市より高いのではと思わせられる。私の住んでいる大学の家族寮は2ベッドルームの4LDKであるがシンガポールの中心部からはかなり離れているにもかかわらず、普通に借りたら日本円で30万程度すると聞いているし、新築であれば日本円で1億円以上はするらしい。

政府は一般の国民のためにHDBと呼ばれるいわゆる公団住宅の整備に熱心で、都心からは慣れるに従ってHDBの割合が高くなるが、この値段や家賃も大幅に値上がりしているらしい。私の甥が昨年の秋からシンガポールに住んでいるが、日本円で10万円以下のアパートを見つけるのはほぼ無理だといっていた。

このような状況なので、一般の国民の間にはこの急速な値上がりに対する政府の方策が不十分であるという不満がある事は事実である。住宅問題を担当している国家開発相を更迭したという事は、政府が国民の不満に気付いておりそれに対処している事を示している。

また、公共輸送機関に関しては地下鉄やバスはよく整備されているが、タクシーの台数が不足しているのは問題である。タクシーの料金そのものは日本と比較しても1/2〜1/3と安いのであるが、ともかくも夜になるとタクシーがつかまりにくい事はなはだしい。週末はおろか平日でも夜9時頃になると全くといっていいほど空車がつかまらない。予約センターに電話して予約しようとしても、電話そのものがつながらない。

このあたりも皆さん不満を持っていると思われるが、その意味では運輸相更迭というのも国民の不満を良く理解しているということだといえる。

さて最後に私の研究所に関連した話であるが、いわば内閣総入れ替えのような状況なので、来年度の研究予算がどうなるのかが現時点ではわからないという問題が生じている。日本でも一時期民主党政府が研究予算を削減するという事で大騒ぎになった事がある。シンガポールでも、やはり基礎研究は国の研究予算に依存するところが大きいので、国の研究予算に関する基本的な方針が出て来るのが遅れるというのは、こちらの方針を決めるのが難しいという意味でも大変困る状況である。