シンガポール通信ー飛行機の中の行動パターン:くう・ねる・あそぶ

5月は海外出張が続いたので、飛行機に乗っている時間が長かった。特にバンクーバーへの飛行は、シンガポール・成田間6時間、成田・ロサンゼルス間10時間、ロサンゼルス・バンクーバー間3時間という長時間の飛行である。シンガポールでの待ち時間を2時間、成田、ロサンゼルスでの待ち時間をそれぞれ3時間とすると、27時間を旅行に要している事になる。

待ち時間は、ラウンジでメールの読み書きをしている事が多いのだけれども、飛行中はメールが使えない航空会社が多いのではないだろうか。衛星を利用したメールサービスを提供していた(いる)航空会社もあるが、意外に普及していないようである。

このネット時代に長時間の飛行中にメールサービスが使えない事に苦情を呈する利用者が多いのではと思われるが、現時点での飛行中のメールサービスの普及具合を見ていると、どうもそれほど利用者からの強い要請がある訳ではないのではなかろうか。

もしかしたら人々は、メール文化の広範囲の普及によって、常時メールをアクセスしていなければならないような強迫観念に悩まされており、せめて飛行機の中ぐらいはメールに悩まなくても良いような環境を望んでいるのではあるまいか。

そういう私自身も、かってルフトハンザ航空が飛行中のメールサービスを提供していたときに、なるほどこれがこれからの飛行中の時間の過ごし方かと思ってメールを利用したのであるが、そのうちに疲れてしまって使わなくなった経験がある。そうしているうちにルフトハンザの飛行中のメールサービスも中断されてしまった記憶がある。(最近はルフトハンザをあまり利用しないので、最近の様子は知らないけれども。)

ともかくも現在は、飛行中は昼といえど窓を閉めて照明を消し、夜を演出している航空会社が大半ではないだろうか。人々もそれに素直に従い、映画を見たりゲームをしたり眠ったりしている人が大半である。さすがにビジネスクラスでは、書類をチェックしたり、PCで仕事をしている人を見かける事もちらほらあるが、それも数時間の事であり、そのうちのその人たちも眠ったり映画を見たりというモードに移っているようである。

そういえば飛行機の中での人々の行動パターンは極めて単純である。食事をするか、眠るか、ゲームや映画などのエンタテインメントを楽しむかという3パターンのいずれかを選んでいる事が大半であり、仕事をするというのは極めて例外的な行動であるようである。

かって日産セフィーロのキャッチコピーに、糸井重里氏考案の「くうねるあそぶ」というのがあった。おぼえておられる方も多いであろう。その語呂の良さから、ずいぶんと人口に膾炙したキャッチコピーであるが、その意味するところを理解した人は多くなかったのではないか。

私自身も、なるほど車は遊びのためのものか程度の理解しかなかったような記憶がある。しかし、この飛行中の人々の行動パターンを見ていると、まさにこの「くうねるあそぶ」という行動パターンにぴったり一致している事に気付かされる。

つまりこの「くうねるあそぶ」という行動パターンは、生物としての人間の基本的な行動様式なのである。私たちは「仕事をする」ということが私たちの生活の中心である必要があると思っているが、考えてみれば仕事というのは人間の長い歴史の中では新しい行動様式なのかもしれない。それ以前は「くうねるあそぶ」がより基本的な行動様式だったのではあるまいか。

それは、動物の行動を見ていればうなずける。動物は生存のために狩りしたり食物を探したりするが、腹が膨れれば基本的には休んだり仲間とじゃれ合ったりしている。つまり遊んでいるのであり、動物の基本的な行動様式は「くうねるあそぶ」なのである。

飛行中の人々の行動パターンを観察していてこの事に気付くというのも奇妙であるが、糸井氏のキャッチコピーは本人が意識していたかどうかは別として、結構本質的なところをついているのではあるまいか。

もちろんこの「くうねるあそぶ」のより根底的な部分には、生物として「生存する」「生き延びる」という欲求があるべきである。今回の東北大震災で問題になっているのは、まさにこの「生存する」という人間の基本的な欲求に対して、技術が社会がそして政治がどう関われるかという問題ではあるまいか。

最近の内閣不信任案を巡っての国会の混乱を見ていると、国会議員達はまったくそのような意識を持っていないようである。東北地方の人たちはもっと怒るべきであり、暴動や(古い言葉だけれども)一揆などの形で怒りを表明しても良いのではないかと思ってしまう。