シンガポール通信ーシンガポールの選挙4

シンガポールの総選挙の話が続くけれども、昨日シンガポールの人とこの選挙の話を少ししたので、それを含めて最後にもう1つ補足の話をしたい。

前回、シンガポール投票率が90%以上と非常に高いのに(これはシンガポールが投票義務制を導入しているためである事をコメントで指摘頂いた)、選挙日の数週間前からテレビで連日のように投票所へ行って投票するやり方を、そのための宣伝ビデオを作って懇切丁寧に説明している事を述べた。

不思議に思っていたのであるが、これは説明してもらったところによると、これまでの選挙では、大半の選挙区が与党の候補者だけが立候補する対立候補なしの選挙区であったとの事である。ということは当然無投票で候補者の当選が確定する訳である。

今回も、建国の父と呼ばれるリー・クアンユーの選挙区だけは対立候補がなく無投票であったが、他の選挙区は単独区・複数人区含めてすべての選挙区で対立候補があったため、投票が行われた。

ということは、投票義務制とは言いながら、これまでの選挙では大半の場合が無投票であったため、投票を行った事のない人たちが大半を占めているようなのである。とするならば多くの人が投票の経験がなく、どのように投票をすれば良いか知らない訳である。なるほど、テレビを使って投票の仕方を教える必要がある訳である。

当然ではあるがシンガポールの選挙は無記名制である。しかしこれまで無投票であった事もあって、人々の多くはこの事を知らないとのことである。テレビでの党首の選挙演説を聞いていると、野党党首の多くが、「選挙における国民の自由は確保されているから、恐れる必要はない、自らの意志に基づいて野党に投票して頂きたい」という旨の演説を行っていた。

これだけ聞くと、なんだか露骨な与党への投票の誘導が投票の際に行われているように聞こえるので、シンガポール選挙制度に少し疑問を感じてしまう。しかしなんのことはない、記名投票制で自分がどの党に投票したかがわかる仕組みになっていると思い込んでいる人々が多いようなのである。

したがって、野党の人たちの演説の意味するところは、偏見を持たずに自由意志に基づいて投票を行ってほしいとの意味の演説である事がわかった。これを見るとまだまだ投票制度というものに対する人々の意識は十分ではないと言える。

もう1つ与党・野党の得票率のことであるが、これまでの選挙では与党が約70%近くだったのが、今回は60%程度にまで低下した事を書いた。しかし上の事からすると、それは多くの無選挙区を除いて算出された数字である。つまり野党対立候補者が出ている、いいかえると選挙民の意識が高い、ないしは与党に対する反対意見が多い選挙区における投票結果から算出された数字なのである。

当然そのような選挙区では、野党への投票率が高いであろう。それでもなおかつ与党が70%近い得票率を維持していた訳である。それが今回は、ほぼシンガポール全体での得票率が算出され、その結果として与党60%、野党40%という比率である事が明らかになった訳である。

前回も書いたが、シンガポールのような実質一党独裁制の国で野党への得票率が40%近くあるという事は、ある意味で驚くべき事かもしれない。現在はすべての区で候補者に投票するのではなく政党に投票する制度になっているため、このような割合でも結果としては与党が大多数の選挙区で勝つという結果が生じている。

しかしながら、この得票率の割合が少し変り、例えば与党55%、野党45%程度に拮抗してくると選挙結果には大きな変化が生じる事が予測される。それがいつ生じるか、たとえば6年後の次回の選挙時に生じるかどうか、というのがシンガポールの国民が現在話題にしている事だとの事である。

シンガポールの実質的な一党独裁の話はいろいろな機会に聞かされるし、国会中継を見ていても与党内部での政策発表会のような様相なので、選挙に関しては実質的には無風であるかの様に予想していたのであるが、今回の選挙でそのような私の持っていた固定観念は覆された。シンガポールにおいても変化は着実に生じつつあるのである。