シンガポール通信ーシンガポールの選挙3

シンガポールの総選挙の投票は昨日7日に行われ即日開票が行われて議席が確定した。その感想を述べたいが、結論から言うと、選挙制度に基づいて国会議員を選定する民主主義制度はシンガポールにおいてはまだまだ未熟である、しかし同時に進歩しつつあるという感覚を持った。

まず未熟な面から指摘すると、まだまだ与党人民行動党議席の大半を握っており、いわゆる先進国における2大政党制にはほど遠い状態である。今回は87議席のうち与党が81議席、野党が6議席で、野党は前回の総選挙の際の4議席から伸ばしたとはいえ、まだまだ全体の1割にも満たない勢力である。

また野党が乱立気味なのも気になる。小さい国なのに5つ以上の野党が存在しており、悪くいえば足を引っ張り合っている。最大野党は労働者党であるが、労働者党を含め野党の選挙演説を聞いていても、全くと言っていいほど具体的な政策が語られない。

基本的には野党が主張しているのは、人民行動党の独裁ではなく反対意見を聞き入れる場に国会をすべきであるということである。他にもある程度具体的な政策としては人民行動党の過去の実績は認めながらも、それが富裕層と低所得層の格差拡大につながったのでこれを是正すべきであるという主張がされている。

これ自身は正しいのであるが、いずれの野党も同様の主張をしているのみである。野党間の政策にそれほどの違いがないのならば、野党はもっと共同して野党間の連立や合同を図ったりすべきではないだろうか。

それから投票率が90%以上と異常に高いのも気になる。これはある意味で投票の強制が行われていることを示している。もちろん選挙民が自らの意志で投票することは重要であるが、同時に選挙民は棄権することによって自らの意志を表明するという自由も、民主主義社会には存在してしかるべきである。

投票日の1週間前から盛んにテレビで投票所に行って実際に投票する際の具体的な投票の方法を何度も繰り返し放映している。投票率90%以上なら誰でも投票の仕方ぐらい知っているはずであるから、これは投票すべきであるというある種の心理的圧力をかけていると思われても仕方がないであろう。

とは言いながら今回の選挙を通してシンガポールにも民主主義が根付き始めていることを実感させられた。

テレビは24時間態勢で選挙結果の報道を行っている。とはいっても日本におけるように各選挙区におけるそれぞれの候補者の得票数をほぼリアルタイムで報道するということはされていない。選挙結果が確定した選挙区から選挙管理委員会が結果を発表するという形式であり、日本の選挙におけるような臨場感は残念ながら感じられない。テレビでは結果が確定した選挙区の得票率の分析や解説などが行われるので、まあそれを通して今回の選挙の特徴などが明確になって行くとは言えるだろう。

まず最初に感じたのは、以外に各選挙区とも野党に対する投票率が高いことである。今回の全体としての与党への投票率は約60%であり、前回の70%近くから低下しているとのことであるが、各選挙区とも野党が40%もしくはそれ以上得票しており、時には与党候補者と接戦を演じている選挙区もある。

定員1人の単独区が多いので、結果としては従来通り人民行動党の圧勝であるが、各選挙区を見た場合に野党が40%もしくはそれ以上の票を集めており、それが前回からのびているというのは、人々の与党に対する批判・不満が高まっているということであり、与党にとっては今後真剣に考えなくてはならない事態であろう。

そしてなによりも与党にとって打撃だったと思われるのは、現役閣僚の一人(外相)が今回の選挙で落選したことである。シンガポールの選挙は、個人に投票するのではなく政党に投票する。外相の所属する選挙区は複数人区であるので、与党グループと野党グループの戦いということになる。そこに労働者党が知名人を集めたグループを作ってぶつけた結果として労働者党が勝利したわけである。

現役閣僚の落選というのは日本でも話題になるぐらいであるから、多分シンガポールでは大事件であって、与党内部では結果や原因の分析が真剣に行われているであろう。

これらのことから考えると、投票に対するある種の強制はあるようであるが、全体としては自由選挙が行われていると考えていい。また野党への投票が伸びているというのも、本当の意味の民主主義への道を歩んでいると考えて良いだろう。もっとも2大政党制になるまではまだまだ時間がかかるであろうし、実際にそうなるかどうかは現時点では判断できないが。