シンガポール通信ー楽天の社内公用語英語化を考える

しばらく前であるが、楽天が社内の公用語を英語にするということを発表してかなり話題になった事があった。今日はその話題を考えてみよう。

話題になった当時の一般の反応というのは「本当にそんな事ができるのか」「そのうち取りやめになるだろう」という否定的なものだったのではないだろうか。しかしながら、そのような意見があまり表に出てこなかったのは、将来の国際化に備えるという楽天という会社のいわば将来戦略に基づいた判断が基本的には反対しにくいものだったからではないだろうか。

私自身もそのような一般人たちの否定的意見と同じ感想を持っていた。そしてその顛末がどうなるのかなと興味を持って見守っていたのである。しかし残念な事に、そのうちこの事もあまり話題にならなくなって来てきた。

ところが最近の日経ビジネス(2011年2月14日号)に「英語を公用語にする必然」と題して楽天野球球団社長の島田亨氏が寄稿をよせているのを見いだした。なかなか興味深い内容なので、それを紹介しながら私の意見を述べてみよう。

その最初の部分で島田氏は「当初は日本人同士が英語で会議することに違和感を覚えたが、すぐに慣れてしまった。今では会議だけではなく、日常会話まで英語でチャレンジしている部署もでているくらいだ」と述べている。これはなんだか違和感を感じる文章ではないだろうか。

なぜか。それは誰もが、英語の習得にとっては日常会話の英語が第一段階で、それを卒業して初めて会議などでのビジネス英会話にチャレンジできると感じているからではないか。それが氏の文章では、「会議での英語がすべての部署である程度使えるようになったので、次に日常会話にチャレンジする部署が出て来た」と全く別の順序で考えられているからである。

会議というのは、会社のトップにとっては会社の経営判断を行う場であり、そして部や課のレベルでもそれぞれのレベルで求められている判断事項を皆で議論し、最後に判断を下すという役目を持っているものである。日常会話ならば、親しい人間の間つまり人間関係が出来上がっている人たちの間であれば片言でもある程度は通じるだろう。

英会話教室でもまずは日常の何でもない会話から始めるではないか。そして教室内では英語を使う事を義務付けられ、先生とだけではなく日本人同士で英語で日常会話をしたりする。当初は日本人同士で英語で話す事になんだか違和感があるが、まあ英語の訓練だからしかたがないと無理に思い込む。そしてそれを経て後にビジネス英会話へと進むのではないか。

会議で用いるビジネス英会話というのは日常会話のような日常の人間関係からは離れたところにある。あくまでビジネスという観点から論理的に思考と議論を進め、そして最後に論理的に判断を下す場である。たとえ日常会話ができたとしても、英語での思考、英語でのディベート、そして最後に英語での判断を行う必要があるため、それこそ戦術的に重要度の高いもの、したがってそこに英語という外国語を導入することは極めて敷居の高いことであると考えなければならない。

この部分だけを取ってみても、楽天の社内で上記のような意味での会議の場で英語が十分に使いこなせているとは思えない。第一少し考えてみると良い。英語で会議をするためには、まず会議に供する文書を英語にする必要がある。さらには公用語を英語という事を厳密にとらえるならば、社内文書をすべて英語にする事が必要だろう。そんな事が短期間でできるだろうか。

もっと考えてみよう。仮に社内の文書や会議がすべて英語にされたと仮定しよう。ところが楽天の現在のビジネス市場は国内が大半だろう。国内市場に対応するためには当然、Webを始め 請求書・領収書などの対外的な文書は日本語で記述する必要がある。また、日常お客と対応する人たちは当然ではあるが日本語での対応となる。ということは社内ですべての文書を日本語と英語の両方を用意するという手間をかける必要がある。

また当然、上記のような意味での会議が行われるとすると、会議に出席する楽天社員は大変な労力を強いられる。多分大半の人は会議で英語で発表・議論する能力を十分持っているとは思えない。自分がなにか会議の議題を提供するという事は、英語で発表・議論しなければならないことを意味している。そのためには必死で資料や発表、そして質問に対する回答の準備をする必要があるだろう。

大学の先生方でも、年数回の国際会議などでの発表をこなすために大変な努力を強いられている。はたしてすべての楽天の社員がそのような業務をこなす事ができるのだろうか。もしそれを社員に強いるならば、退社する社員が続出するとしても不思議ではない。しかし現在まで、楽天が社内公用語を英語にしたためその施策について行けずに退社する社員が続出したなどという話は聞こえてこない。

(続く)