シンガポール通信ーiPadは何ができるか

やっとiPadが手元に来た。といっても実は昨年の10月頃に購入していたのであるが、忙しくて使ってみる時間がなかったため、しばらく秘書に使ってみてほしいと言って貸していたものである。

正月休みの間に少し使ってみようという事で秘書に返してもらうように頼んだところ、もちろんすぐに返してくれたのであるが、顔を見るといかにも残念そうな名残惜しそうな顔なのである。

という事はそれほどの優れものだという事なのか。ということで期待にあふれて使い始めたのであるが、結論から言うとどうも期待はずれなのである。前にこのプログで日経ビジネスに掲載されていた安藤忠雄氏の「iPadは万能か」というiPadに対する批判に反論した手前もあり言いにくいのであるが、正直に言うと少しがっかりしたというところである。

確かにインタフェースはなかなか良く出来ている。タッチインタフェースというのだろうが、基本的には指のタッチのみでほぼすべての操作が出来るようになっている。これはすでにiPhoneなどでおなじみのインタフェースなのであるが、私自身はiPhoneを持っていないので、タッチインタフェースを体感するのは初めてである。

タッチによってメニューを選ぶ事自身がマウスのクリックによって選ぶのと比較するといかにも柔らかな感じである。さらにスクロールが指をすっと画面上に走らせると慣性がついた感じでスクロールする。メニュー選択と合わせると「柔らかインタフェース」とでも呼べるインタフェースを実現している。

もちろんこれは従来のマウスやキーボードを使ったインタフェースと機能上は全く同じである。しかしより直感的である。デスクトップインタフェースは、コンセプトとしてデスクトップをディスプレイ上に実現したのであるが、タッチインタフェースは操作そのものに直感性を導入したとことになる。

コンセプト的にはデスクトップインタフェースほど目新しいものではないが、デザインの視点からすると同じ程度もしくはそれ以上の重要性のある考え方かもしれない。

入力手段としてのキーボードやマウス、特にキーボードを不要にするための研究というのは、これまで長年にわたって研究者によって行われて来た。例えば、音声による入力やジェスチャによる入力がその代表的な技術である。

しかし、音声入力やジェスチャ入力、言い換えると音声インタフェースやジェスチャインタフェースがいまだに普及しないのに対して、タッチインタフェースはキーボード不要の入力方式に対する解はこのようなものかと納得させてくれるできばえである。(音声インタフェースに関してはまた項を改めて論じてみたい。)

しかし問題はここからである。タッチインタフェースは良いとして、iPadを使ってみようとして私が戸惑ったのは、文章をどうやって作るのだろう、プレゼン資料をどうやって作るのだろう、ということであり、つまりOfficeが搭載されていないということである。

もちろん iPad用のiWorksというOfficeに相当する機能を持ったソフトが用意されているので、そのうち使ってみようと考えているが、スクリーン上に現れるキーボード(バーチャルキーボードと呼ぼう)を使った文章入力の使いにくさからすると、それほど期待できるとは思わない。

なんといっても、スクリーン上に現れるバーチャルキーボードが極めて敏感なので、従来のキーボード入力に慣れた人たちには、誤入力が多くてとても我慢が出来ないのではないだろうか。つまり、タッチインタフェースはメニュー選択などでキーボードやマウスを凌駕できても、情報入力の効率に関してはキーボードには及ばないのである。

もっともこれは現在のパソコンに付属しているキーボードのタッチに慣れている世代だからであり、そのうちバーチャルキーボードに慣れた世代が出てくるかもしくは我々自身もこの新しいキーボードになれかも知れない。そうすると、従来のキーボードと同等さらにはそれ以上の入力速度が出せる事も期待できる。しかし現時点では、バーチャルキーボードのサイズなどを考えると、通常のパソコンのキーボードを使った入力速度はとても望めないと思われる。

つまりこういう事である。iPadは情報の閲覧には極めて優れたデバイスであるが、情報の入力もっと言うとコンテンツの生成の観点から言うと使いにくいデバイスなのである。言い換えると、情報閲覧専用デバイスとでも言ったらいいであろうか。
もちろんiPadをそのようなデバイスとしてみるならば何の問題もない。