シンガポール通信ーオランダ、アイントホーベン訪問記2

さて到着した翌日は学位審査会である。いわゆるディフェンスと呼ばれているシステムで、博士候補者が提出した博士論文の概要を説明し、審査委員がそれに対して種々の質問をした後、候補者に博士号を授与する事の正否を決定する。

審査委員会は主査(通常は博士候補者の指導教授)、副査、および数名の委員から構成される。今回は候補者がProf. Matthias Rauterbergの指導している博士課程学生なので、彼が主査、私が海外からの副査という位置付けである。

学位審査会というのは、私自身の学位審査会も含めてこれまで何度も出席している。当然審査委員会のメンバーは事前に学位論文に目を通しており、修正を求める部分などがあれば事前にそれを要求しており、それに対する修正もなされている。

その意味では、ほぼ全員が博士号授与に異論がないところまで来ているので、学位審査会はその最後の仕上げであって、外部の人たちにその様子を公開し納得してもらった後に正式に学位を授与するという、いわばセレモニー的な要素もある。

とはいいながら、審査委員会のメンバーからは鋭い質問が飛び、候補者が立ち往生するような場面にも何度も出会った事がある。また、私自身は経験していないが、学位審査会で学位授与に疑問が出て差し戻しになるケースも時にはある。

その意味では候補者にとっては、セレモニーというよりは最終試験という意味が強く、大いに緊張する場である。私自身の学位審査会を思い出しても、主査の坂井利之先生、長尾真先生、堂下修司先生などそうそうたる先生方が審査委員で、緊張して質問にうまく答えられず冷や汗をかいた経験がある。

さて学位審査会の形式であるが、最近は国内外ともそれほど形式張らずに面接や面談と同じような形式で行われる事が多い。海外の学位審査会も米国やフランスで行われたものに出た事があるが、まあ同様の打ち解けたものであった。

しかしながら、さすがはヨーロッパというか、今回のTU/eで行われた学位審査会は、極めて厳格にオランダにおける習慣に沿って行われたものであった。

まず第一に服装を細かく指定される。黒のスーツに黒い靴、白いワイシャツに灰色のネクタイ、さらにその上に大学で指定された形式のガウンと帽子を着る事が要求される。さすがに大学指定のガウンと帽子はその場で借りる事が出来るが、スーツなどはそうはいかない。

第一シンガポールに住んでいると、スーツ・ネクタイなどを着用する機会というのは全くといっていいほどない。タンスの中をひっかきまわしてやっと夏用のダークブルーのスーツを見つけ出す事が出来た。また白いワイシャツもなんとか見つけ出す事が出来た。

いずれも10年近く着ていないものである。おなか周りがかなりきつくなっているが、なんとか着る事が出来る。しかし靴は普段使っている茶色の靴を使うしかない。ということを事情も含めて先方に通知し、海外からの審査委員だからという事で特例としてこの服装で参加する事を認めてもらった。


ガウンと帽子を着て審査会に参加するところ。右が主査のProf. Matthias Rauterberg。


さてその次に驚いたのは、審査会の進行がオランダ語で行われる事である。もちろん海外からの委員が質問する場合は英語で大丈夫なのであるし、学内の委員も質問は英語で行う。しかしながら、開始の挨拶、会議進行などはオランダ語なのである。うっかりしていると自分の質問のタイミングを逃してしまう。

とは言いながらなんとかこなす事が出来た。審査会が無事終わり、博士号が授与されるとその後は関係者によるレセプション、そしてその後は博士号を授与された学生が主催するディナーとこの辺りは海外の学位授与式でよくあるパターンである。

ディナーの際にその学生から「Prof. Nakatsuの質問が一番鋭くて答えにくかった」とのコメントをもらったが、何の事はないソフトな質問の仕方がうまくなくストレートな質問になってしまったという事だろう。


学位授与の様子。



無事審査会が終わり全員で記念写真。真ん中が新たに学位を授与された学生。ガウンと帽子は教授にしか認められないため、企業からの参加者は通常の服装である。