シンガポール通信ー尖閣諸島問題

尖閣諸島問題に関してはこのところ少し落ち着いて来たようなので、この機会に少し考えてみよう。

尖閣諸島付近で中国の漁船が日本の海上保安庁の巡視船に衝突し、漁船の船長を巡視船側が公務執行妨害で逮捕したのは9月7日である。

ちょうどその時は私は韓国での国際会議に出席のため韓国ソウルに滞在中であった。その後9月13日から15日まで中国天津で行われたWorld Economic Forumの主催するSummer Davosに出席のため天津に滞在していた。

ちょうど日本でもこの件が大きく報じられると共に、中国国内でも反日デモなどが激しくなった期間に相当していると思われる。

出張が重なっていたので、私自身はこの船長逮捕の事件はあまりはっきりとは知らなかった。従って中国で反日デモが行われていた当時に中国に滞在していたのであるが、当時はその辺りの状況に関する認識は残念ながらあまり持っていなかった。

ホテルの部屋でもあまりそのような意識を持たずにテレビを見ていたのであるが、特にこの事件を中国のテレビが大きく取り上げていたという記憶はない。むしろ、中国のテレビのチャンネルが国内外のチャンネルを合わせて数十チャンネルある事に驚いていたというのんきな状態であった。

中国国内のチャンネルだけで10は優にあるし、CNNやBBCを含めた国際的なチャンネルも多く含まれている。またNHKも放映していた。私の見ていた限りでは報道に何か規制がかけれているという状況ではなかった。むしろ、ある程度の規制が引かれているのを予想していた私としては、少し拍子抜けしたほどであった。

また中国の国内向けチャンネルも、若手のタレントが出演するまさに日本のバラエテティ番組をそのままコピーしたような番組ばかりであり、「これじゃ日本と変わらないじゃないか,共産主義国中国もある意味で堕落したものだ」という感想を持ったものである。

ただ尖閣諸島問題に関する中国国内のデモの様子などを報じているのを見た記憶がないので、むしろ国内向けにある種の規制をかけていたのかもしれない。ただ、後になって生じた、中国の民主活動家劉暁波氏のノーベル賞受賞を報じる海外の報道番組の放映が突如カットされるというような状況には、私の中国滞在中には出会う事はなかった。

さて、尖閣諸島問題そのものの話題に帰るとして、日本政府の対応の悪さを指摘する声が大きく上がっており、これによって菅内閣の支持率も下がったといわれているのでそのあたりの問題を考えてみよう。

政府の対応が弱腰であるということが指摘されているが、何をもって弱腰といっているのだろうか。そのためには9月7日の中国漁船船長逮捕までさかのぼる必要がある。

この時、日本の一般大衆は「ヘー、政府も強気の対応ができるんだな」とある種の喝采を政府に対して送ったのだろうと思われる。と同時に「逮捕して本当に大丈夫なの」という、ある種の危惧の念を持ったのではないだろうか。

それは、過去に鳩山前首相が「沖縄の海を汚す事は認められない、最低でも米軍基地の県外移設を実現する」と啖呵を切っておきながら、米国の反対にあうと早々にその発言を翻したのと同じ事が生じる事を予感したからではないだろうか。

たしかにそれはある種の正論を述べているのではある。しかし残念な事かもしれないが、外交の世界は正論(しかも日本だけにとっての正論)がまかり通る世界ではないのである。

問題は中国も尖閣諸島の領有権を主張しているという事である。日本の主張が正当性を持っている事は当然としても、外交上は相手国がこのような態度に出ると、正論だからといってこちらの主張を押し通す訳にはいかなくなる。先方も一旦言い出した以上国内世論があるだろうから、はいそうですかと簡単に主張を取り下げる訳には行かないのである。

この辺りは政府としては、理解しておく必要がある。さてそのような状況で先方の船長を逮捕するという事が、どのような意味を持っているか。逮捕して日本の国内法で対処するということは、「尖閣諸島が日本の領土である事を認めることを相手に強要」することになる。

相手の行動に対して抗議するというのとは全く比較にならない強い態度に出ているわけである。このような態度を取られたら、相手としては引き下がるわけにはいかないだろう。中国の国内世論を抑えるためにも、謝罪と賠償を要求してくるというのは中国側の対応としてはある意味当然かもしれない。日本政府はその辺りの事がわかっていたのだろうか。

(続く)