シンガポール通信ー「カジノ合法化」を考える

日経ビジネスの8月23日号を読んでいると、「カジノ合法化:経済活性化狙い議論沸騰」という記事が目についた。今回はこの件について少し考えてみよう。

記事の内容は、民主党自民党をはじめとする超党派組織「カジノ議連」の活動が本格的に立ち上がり、カジノ合法化に向けた活動を開始したというものである。

日本の経済をどうするかという本質的な問題に関しては、あれだけ党派間で相手を批判しあい、かつ最近は民主党内部でも代表選の件で菅首相を支持する派と小沢氏を支持する派の間で反目し合っておきながら、このような問題になるととたんに超党派で一致団結した動きが出来るというのもおかしな話ではある。

経済活性化というのはきれいな標語であるが、結局は国や地方自治体の税収入を増やしたいというのがその本心であろう。増税によらずにギャンブルでもって収入増を図ろうとする裏には、「まじめな人も含めてすべての人に増税を押し付けるのは困難だが、ギャンブル好きの不真面目な人たちから税を徴収するのは比問題ないだろう」という考え方があるのだろう。

当然、カジノ合法化を押し進めようとする人たちに対して、それに反対する人たちのグループも存在するだろう。そのような人たちのよって立つ理屈というのは「ギャンブルは本来人間にとって健全な行為ではない。ギャンブルによって依存症になったり、さらには人生の破滅に至るケースも多い。従ってギャンブルを合法化する事は認められない」というものであろう。

当然ながら合法化推進グループもそのような意見に対抗するため、カジノ利用者の身元の確認を行ったりギャンブル依存症に対する対策なども検討しているとのことである。

これら2つのグループの意見は対立しているようであるが、実は基本的な部分ではよく似ている。すなわち、いずれのグループもギャンブルが健全な遊びとは考えていない点においては共通している。

健全でないから認めるのは良くないと考えるのが合法化反対グループである。それに対し、カジノ合法化推進グループは「ギャンブルは人間の本性に根付いたものであり禁止は困難、それよりもある制限の範囲内で積極的に認め、かつそれを利用して税金を巻き上げよう」と考えているのであろう。

という意味では、2つのグループの意見の違いというのは「ギャンブルは健全でないから合法化すべきでない」なのか、「ギャンブルは人間の本性に根ざしているので禁止は困難である、むしろ増税などの機会としてとらえるべき」なのかということになる。

もっとも、この違いを突き詰めると、前者は人間は本来悪であるから厳しく律するべきであるという「性悪説」になり、後者は人間は本来善であるから放任しても大丈夫という「性善説」にいきつくのかもしれない。その意味ではかなり本質的な違いを含んでいるとも言えるだろう。

しかしそれよりも私が興味を持つのはカジノ合法化による経済活性化を狙っているという部分である。はたしてカジノを合法化しカジノを建設する事により経済活性化が実現するのだろうか。事はそれほど単純ではないのではないか。

まず1つはカジノ単独ではお客を呼ぶ事は困難だろうという事である。これはこの日経ビジネスの記事でも言及されているが、現在の繁栄しているカジノはいずれも、カジノ単独ではなくて他のエンタテインメントも含んだエンタテインメント総合施設になっているということである。

ラスベガスのカジノもそうであるし、シンガポールに今年開設されたセントーサ、マリーナベイサンズの2カ所のカジノもそうである。例えばセントーサのカジノはユニバーサルスタジオ、ホテルなどと一緒になった総合施設であるし、マリーナベイサンズのカジノは、コンベンションセンターミュージアム、ホテルを含んだこれも総合的なエンタテインメント施設である。

したがってカジノを建設するという事は、エンタテインメント総合施設を建設する事を意味しているのであるが、そのような総合的な施設を建設する資金やノウハウが今の日本にあるのだろうかという疑問がある。もしくは海外からそのような施設を建設する企業を誘致する事ができるのだろうか。もしそれができないなら、カジノ合法化は単に絵に描いた餅に過ぎない。

そしてそれ以上に、私の持つ疑問はカジノは日本人のお客を呼べるのかというものである。カジノでの遊びはルーレット、ブラックジャック、スロットマシンが主流であるが、いずれも基本的には極めて単純な遊びである。

日本にはパチンコというギャングルがある。これは表向きは金をかけるギャンブルとは見なされていないが、実際には現金がやり取りされるギャンブルである事は誰でも知っている。パチンコはかっての素朴な遊びから、当たりに至るプロセスをCG,サウンドなどで盛り上げる要素を取り入れた精緻なエンタテインメントとなっている。エンタテインメントには目の肥えた日本人が、いまさらカジノの単純なギャンブルに興味を示さないのではないか。

もちろん現在でもわざわざ海外のカジノに出かけてギャンブルを楽しむ日本人がいることはたしかである。しかしこれはものめずらしさで出かける観光客であったり、本当にギャンブルの好きな人だけの現象なのではないか。

カジノを合法化したとしても、単独のカジノを都市近郊に設立しただけでは閑古鳥がなくだけのように思われる。実際そのようなカジノは米国やヨーロパで見かけた事がある。カジノ合法化を推進している人たちは、そのあたりのことをどの程度わかっているのだろうか。