シンガポール通信ー人間の歴史とコミュニケーション2

前回紹介した 人類のアフリカ単一起源説(アフリカを唯一の現生人類の起源の地とする説)は、現在生じている人々のコミュニケーション行動とどう関係するのだろうか。今回はこの点について考えてみよう。

アフリカ単一起源説は前回も説明したように、現在の世界中の人類が8.5万年前にアフリカからアラビア半島に移住した一部族(しかもたかだか百数十人のグループ)を共通の先祖として持つという事を意味している。

言い換えると、現在の人類はその住んでいる場所などにより異なった行動形態、生き方、考え方、さらにはそこから生じる文化などを有しているにもかかわらず、その祖先に関しては共通の祖先を持っているいわば兄弟・仲間であるという事を示している。

このことは、前回述べた最近生じている人間のコミュニケーション行動の特徴を説明するのに大変好都合なのではないだろうか。前回挙げたコミュニケーション行動の特徴のそれぞれに関して考えてみよう。

アフリカからアラビア半島に移住した約150人の部族が現在の人類の祖先であるというのは十分衝撃的な説である。当然もっと多数の人たちがまとまって大移動して行ったものと私たちは想像していたからである。

150人というのは人間の部族・コミュニティの適正単位らしい。という事は、移住は部族という小単位で行われたのであり、それ以降のオーストラリア、ヨーロッパ、北米などへの移住もこのような小単位で行われたものと考える事が出来る。
移住は天候変動、他部族からの脅威、飢餓などのやむにやまれぬ状況によるものであり、部族としての存続をかけたものであっただろう。したがって移住の際には、どの方向に向かうべきかとか、川・海を渡るべきか否かなどを決めるため、頻繁に部族の構成人員間の密接なコミュニケーションを行う事が必要だったろう。

部族の構成員間の密なコミュニケーション。これこそが、現在のコミュニケーションの基礎を形作っているものではあるまいか。人々があれほどスマートフォンiPad、PCなどを通して常に自分の親しい人たちとつながっていたいという行動は、この太古の部族の生存をかけた移動・移住の際の部族内でのコミュニケーション行動に帰する事が出来るのではないだろうか。

現在の人たちの新しいメディアに対する驚くばかりの適応性も、同様の事から説明付けられるのではないだろうか。私たちの先祖にとっては、移住して行く道々では何が起こるか何が待っているかわからない。それらに対して常に身構えると共に、環境の変化に対応しなければならない。特に海を越えてその先にある島や大陸へわたろうと決意するときには、自分たちのこれまでの経験・知識のすべてを賭けて決断しなければならなかったろう。

ブログ、ツイッタースマートフォンiPad 等の新しいメディアや新しいコミュニケーション方法の出現などは、私たちの先祖が常に直面していたこれらの新しくかつ厳しい状況に比較すればなんという事はないのかもしれない。これらの新しいメディアやコミュニケーションの方式に人々が苦もなく対応しているのは、この太古の経験に基づいた人間の適応力に基づくものなのかもしれない。

そしてまたアフリカ単一起源説は、コミュニケーション行動において西洋人・東洋人を含めて世界中の人々の行動が似通って来つつある事のうまい説明にもなりうる。

つまり文化の差、人種の差といいながら、結局は世界中の人たちは8.5万年前にアフリカを離れたたかだか150人の人たちの子孫なのである。これは私たちがほぼ同じ遺伝子を共有しており、その結果としてある意味で兄弟・仲間である事を意味している。

当然行動パターンが似ていてもおかしくはないだろう。とするなら、現在おこっている事は、これまで各地域固有のコミュニケーション行動を人々が取っていたのに対し、新しいメディアが世界中の人々を結びつけることによって、遺伝子の中に眠っていた太古の行動様式である部族仲間間のコミュニケーションが呼び覚まされたものと解釈できるのではないだろうか。