シンガポール通信ー人類の歴史とコミュニケーション

コミュニケーションの原点とは何だろう。最近、このような問題意識を持つ。

私は技術者としてコミュニケーションやコミュニケーション技術に長く関わって来た。その経験に基づき、オーム社から「テクノロジーが変えるコミュニケーションの未来」という本を2月に出版した。

その本ではコミュニケーションの問題をかなり広範囲に扱ったつもりであるが、そのためにそれぞれの問題に対する掘り下げがまだ十分ではないとも感じている。その中で取り上げたいくつかの話題については、さらに深く考えてみようと思っており、いくつかの話題はこのブログでも取り上げた。

現在興味を持っているのは、以下のようなテーマである。

(1)人間の適応性
最近、人間のコミュニケーション行為は急速に変化しているように思われる。特に新しいコミュニケーションメディア(例えば、ブログ、ツイッターなど)が出て来ても、それらを苦もなく使いこなしているのは驚くべき事ではなかろうか。この適応性はどこから来ているのだろう。

(2)コミュニケーション本能
新しいコミュニケーションメディアを使った行動に見られる特徴的な点として、いつでもどこでも人がコミュニケーションするという状況がある。たとえば、会議中やさらには公的なディナーの際に人々がメールのやり取りをしているのは、ごく普通に見られる行動である。これは人が自分の親しい人と常につながっていたいという気持ちを持っているからであろう。このいつでもつながっていたいという気持ちは何から生じているのだろう。

(3)コミュニケーション行動における文化差の消失
最近の人々のコミュニケーション行動で特徴的な事の第3点は、文化差に関わらず人々のコミュニケーション行動が似通って来始めている事である。例えば、上記の会議やディナーなどの公的な場で私的なメールのやり取りを行うという行動は、西洋人にも普通に見られる行動である。いやむしろ国際会議のディナーなどの場でメールを読んでいるのは西洋人の方によく見られる行動ではないのか。このコミュニケーション行動における文化差の消失はなぜ生じているのか。

これらはいずれも、最近のiPodなどのメディアとそれらを使っている人々の行動に目を向けているだけでは解けない問題なのではないだろうか。とこのような事を京大防災研所長の岡田先生と先生が主催する読書会の場で議論していたら、岡田先生が薦めてくれた本がある。それは以下の2冊である。

(A)スティーブン・オッペンハイマー「人類の足跡10万年全史」草思社

(B)ニコラス・ウェイド「5万年前」イースト・プレス

これは現在の人類の発祥の歴史を描いた本である。最近のコミュニケーションにおける種々の特徴や問題点の原点を考えるときは、人類の進化の歴史にさかのぼって考えるべきであるというのが岡田先生の考えであり、私もなるほどと思い読み始めた次第である。

いずれの本も現時点ではまだざっと読んだレベルであり、これから熟読したいと考えているが、これらの本はいずれも共通して現生人類の歴史を以下のように記述している。

(1)現在の私たちの祖先はアフリカで生まれ、約8.5万年前にアフリカを離れてアラビア半島に移った。(この年代に関してはAとBで違っており、Bでは5万年前ともっと新しい年代であるとしてある。ここではAの説を取る事とする。)この時点ですでに彼等は言語を持っていた。

(2)その時移住したのは一部族(150人程度)であり、この1度の移住のみが成功した移住であり、この一部族の人たちがその後世界各地に広がり、現在の人類の祖先となった。

(3)その後この部族は拡大すると共に移動を続け、一部はインド、東南アジアを通って、6.5万年前にオーストラリアに達した。他の一部は5.2万年前にヨーロッパに達し、それ以前から住んでいたネアンデルタール人を駆逐し現在のヨーロッパ人の祖先となった。

(4)また他の一部は中国、日本などに移住すると共に、2.5万年前に陸続きになっていたベーリング海峡を通って北米に移住した。さらに南下して1.2万年前頃には南アメリカのチリにまで達した。

アフリカを唯一の現生人類の起源とするこの説(アフリカ単一起源説)と、人類が世界各地で生まれ夫々の知で進化して来たとする説(他地域進化説)は対立して来たが、最近ではアフリカ単一起源説が学会でも受け入れられているとの事である。

(続く)