シンガポール通信ークラウド・コンピューティング3

クラウド・コンピューティングクラウド)についてもう少し考えてみよう。クラウドに似た処理形態としてグリッド・コンピューティング(グリッド)がある。

クラウドもグリッドもネットワークを介して結合された多数のコンピュータが分担して処理を行うという基本的なコンセプトに関しては同じである。また、ユーザからすると特定のサービス提供者にアクセスして処理・サービスの依頼を行うだけであり、どのコンピュータが処理に関わっているかは全く関知しなくても処理・サービスを受けられるという点でも良く似ている。

別の言い方をすると、いずれもネットワークを介した分散処理のことを意味しているのであるが、分散処理がある処理をどのようにして効率的に複数のコンピュータに割り振りまた処理の進み具合をチェックするかという分散処理の進め方に興味の中心がおかれているのに対し、クラウドやグリッドは分散処理を利用した業務・サービスなどの観点から見ているところに特徴がある。

クラウドとグリッドの違いはどこにあるかというと、グリッドの方はどちらかというと複数のセンターに設置された大型のコンピュータをネットワークを介して接続し、極めて大きな処理量を要する業務をこれらのコンピュータ間で分散処理する事により効率よく処理をしようとするイメージが強い。

別の言い方で言うと、グリッドは複数のコンピュータをネットワークで結合することにより全体としてはスーパーコンピュータのような超高速のコンピュータを仮想的に作り上げるというイメージになる。

これに対してクラウドは、極めて多数のパソコンレベルのコンピュータをネットワークを介して結合し、全体として大型コンピュータやスーパーコンピュータに匹敵する処理を実現しようという考え方である。

いずれにしてもハードの観点から言うと、パソコンも含めて極めて多くのコンピュータがネットワークを介して結合されている状況は既に実現されている訳であるから、特にクラウドやグリッドといって大騒ぎする必要はないという言い方が出来る。

したがって、クラウドもグリッドも処理の進め方や処理内容に興味の中心を当てたコンセプトということになる。処理の中身という事になると、すでにGoogle searchやWikipediaなどのサービスがネットを介して提供されている訳であるから、それを利用している一般ユーザからすると、前回も言ったようにクラウドは既に実現されているといってもいいのである。

したがって再度言うが、クラウドは個人を対象にしたコンセプトではない。個々の企業でパソコンや企業内コンピュータシステムなどで行われている処理を、ふたたび情報処理企業が自らの持つコンピュータシステムで分散処理する事により処理サービスとして提供しようとする戦略に基づいたものなのである。

それではなぜ、マイクロソフトのようなパソコンOSやパソコンソフトの販売を主業務としている企業が、クラウドに興味を示すのだろう。台北マイクロソフト主催のワークショップに参加した事については既に報告した。またそこで、マイクロソフトがさかんに今後のマイクロソフトの方向としてクラウドを主張していたことも報告した。

最初は少し違和感を覚えたがだんだんわかってきた。マイクロソフトWindows OSやOfficeを売るという自社のビジネスモデルの限界に気付き始めたのではないだろうか。パソコンの売り上げがのびているうちはいい。しかしながらパソコンの普及が一段落するとWindows OSやOfficeのバージョンアップだけではマイクロソフトの成長に限界が見えてきたのではないか。

そうすると企業向けの情報処理サービスを行うというのは1つの有力な新しいビジネスである。別の言い方をすると、マイクロソフトはOSや個別のソフトの売り上げをビジネスとする企業から他企業向けにいわゆるソリューションを提供する企業へと変身しようとしているのではないだろうか。

かたやマイクロソフトのライバルであるアップルの戦略を見てみると、一般ユーザを対象としたハードやサービスを提供するというアップルの戦略にはぶれがない。しかも先に述べたように、一般ユーザの観点からするとクラウドは既に実現されており、今後も種々の新しいサービスが現れるなどして大きくのびる事は確実である。

いずれのビジネスモデルが有望かは短期的な見方だけでは判断は難しいが、アップルの時価総額マイクロソフトのそれを抜いた理由は、現時点では人々がアップルのビジネスモデルの方を高く評価していることを示しているのではないだろうか。