シンガポール通信ークラウド・コンピューティング2

パソコンの到来・普及と共に旧クラウドの時代が終わった事を前回述べた。このことは、自社の開発した大型コンピュータやその上で動作するソフトを提供する事によりビジネスをしていたIBMを始めとする大型コンピュータメーカにとって極めて深刻な事態であることは、容易に推察できる。

IMBを始めとして富士通NECなどのコンピュータメーカなどがこぞってパソコン事業に進出を始めたのは、大型コンピュータの時代が終わった事、今後の新しいビジネスとしてパソコンが大きく飛躍するであろう事を知ったからであり、それは当時としては当然の戦略であっただろう。

ところが、IBMなどのコンピュータメーカーにとっては全く新しい事態とも言えるが、パソコンのビジネスではソフト面においてはマイクロソフトが支配するという事態が生じたのである。マイクロソフトの提供するWindows OSと処理ソフトOfficeが、パソコン上のOS・ソフトとして圧倒的な力を持つため、結局他の企業はパソコンハードを提供するだけということになった。

そうすると、結局は価格競争に巻き込まれる事になる。IBMなどが独自のOSやソフトを持つために、それらに足を引っ張られる事になったのに対し、Dellや台湾・中国のパソコンメーカーは、ともかく安いパソコンを提供するというシンプルなビジネスモデルによっていた。そのため、かってコンピュータの世界を支配したIBMも、結局パソコン事業からも撤退せざるを得なくなり、自社のビジネス戦略を変更せざるを得なくなったのである。

このことはコンピュータを事業の中核に据えていたIBMに取って極めて深刻な事態であったことは容易に推察できる。1960年代から70年代にかけてコンピュータの世界に君臨していたIBMが、いわばコンピュータ事業から撤退せざるを得ない事を意味するからである。しかしIBMはそれを見事にやり遂げた。この辺りの話は大変面白いのだが、また別の機会にしたい。

さてパソコンの方に話を戻そう。パソコンの普及はマイクロソフトの時代が来た事を意味している。Windows OSとOfficeの販売を中核に据えたマイクロソフトのビジネスはパソコンが全世界的に普及すると共に大成功し、マイクロソフトは世界一の企業となったわけである。

しなしながら、注意しておかなければならないのは、パソコンの普及とほぼ時を同じくしてインターネット(ネットワーク)が普及し始めた事である。Webに代表されるインターネットの普及は、それまでユーザが自分の手元に保管しておかなければならなかった種々の情報をネット上の分散情報として、ユーザ個人から見ると外化した形で蓄える事を意味している。

辞書、百科事典を始めとして時刻表やレストランガイドなどそしてさらには音楽や書籍などの情報は、従来は何らかの手段で買い取り手元に置いておく必要があったが、現在ではこれらはすべてネットワーク上にあり、ユーザは必要に応じてその一部を見たりダウンロードしたりして利用する事が出来る。

さらには、種々の情報を検索したり、英語から日本語に変換したりという情報処理もネットワーク側で行ってくれる。もちろん文書情報や写真などの個人情報はまだ多くのユーザは手元のパソコンに記憶させているだろう。しかしながら、実際にはネットワーク上に分散して蓄積されており我々が利用できる情報に比較すると、自分個人の情報の量は微々たるものである。ということは、実は一般の我々ユーザ側からすると、いわゆるクラウドはすでに実現させれている事になる。

それではなぜ現在クラウドが話題になっており、いろいろと議論されているのだろう。これらの議論を見ていると、いずれも企業向けの情報処理を対象としている事に気付かさせる。そうするとクラウドを普及させようとしている側の戦略が見えてくる。

パソコンの普及に伴い、個々の企業において必要な情報処理のためのシステムも企業内に設置し企業内で処理するという風潮が高まって来た。処理のためのソフトも市販の汎用ソフトを活用している企業も多い。これは企業向けの情報処理システムを構築したり、情報処理を代行している情報処理企業(その多くは、かって大型コンピュータのハード/ソフトの販売でビジネスをして来たメーカーである)にとっては、またまた大変深刻な状況になる。

もちろん、企業における情報処理は個々の企業の必要に応じて特殊化する必要が多いため、汎用ソフトでは用が足りない場合も多い。しかしながら、従来はパソコン上で処理を行うというのが1つの風潮になっており、かっての集中処理は古いとみなされていた。

そのため、情報処理企業にとって個々の企業向けの情報処理を自社でまとめて行うという従来の集中処理方式の利点を声を大きくして言いにくい風潮があった。また、インターネットの通信容量が限られており、企業内のネットワークとの間で送受する情報の量に限界があるなどの問題もあった。

しかし、インターネットの通信容量も十分確保できるようになり、再び情報処理企業としては集中処理の利便性を訴える事が出来るようになって来た。これが現在クラウドがもてはやされている理由ではないだろうか。つまり、それは自社の持つコンピュータシステム上に個々の企業向けに情報処理システムを構築しインターネットで顧客企業とつないでビジネスをしようとするビジネスモデルであり、情報処理企業に取って都合のいいコンセプトなのである。これこそがクラウドの本質ではないだろうか。