シンガポール通信ーマイクロソフトワークショップ「eHeritage」

台北で行われたマイクロソフト主催のワークショップ「eHeritage」に招待され出席して来たのでその簡単な報告。

eHeritageは名前からも推定されるように、文化遺産とITの関係を論じるワークショップである。例えば現在残っている文化遺産(ピラミッド、大仏、絵画など)をディジタル化して蓄えておく事により、徐々に年代と共に消えて行く文化遺産を記憶しておく事が出来る。また過去の記録などを元にすでに消えてしまった文化遺産平城京、ローマ)などをコンピュータ・グラフィクス(CG)で復元する事が出来る。

したがって、文化遺産をディジタル化したり、CGでモデル化したりするのが研究の主流である。もちろんこれらの研究が、多くの文化遺産を有する国で盛んである事は容易に想像できる事である。日本・韓国・中国などのアジア諸国では 図書館・博物館などが大学と協力して 文化遺産のディジタル化を行う事が数年前から行われて来た。

従ってその素地はあくまでこれまでにも存在した訳であるが、博物館や図書館の仕事の一部という見方をされる事が多かった。それを研究という観点から見ようというのが、eHeritageという名前のワークショップが生まれた理由である。

もっと興味深いのは、そのような動きをマイクロソフトというITの最先端にいる企業が音頭をとっている事である。Windows OSを主たるビジネスにしている会社と文化遺産とは、直接はつながりが見いだしにくい。マイクロソフトは世界に数カ所研究拠点を持っており、アジアでは北京に大きな研究拠点を持っている。北京の研究所ではCGや画像処理の研究が盛んであるが、しいていえばそれらの分野で新しい研究対象として文化遺産に興味を持っているのだろう。

当然であるが、日本からの参加者も多い。中でも東大の池内先生は、かってカーネギー・メロン大学で画像処理の研究をやっておられたが(そういえばその頃一度ピッツバーグでゴルフをご一緒した事がある)、東大に移られてから文化遺産のディジタル処理に取り組まれ、大仏やアンコールワットという巨大遺産のディジタル化に成功されるなど、この分野の大御所である。

ワークショップは5月18日、19日の2日間であったが、18日は台北故宮博物館の見学が主イベントで、19日に研究発表やパネルなどが行われた。

故宮博物館の見学は大変期待していたのであるが、平日にも関わらず来館者で大変混雑しており、展示品のごくごく一部分しか見る事が出来なかった。最近まで入場者数の制限をしていたのが、入れないという苦情に負けて制限を取り払ったための混雑という説明であったが、入場できても見学できないのでは何のための入場制限撤廃かわからない。善処してほしいものである。

19日のワークショップであるが、各研究機関からの研究報告、主催者であるマイクロソフトの報告、パネルなどが行われた。研究報告ではやはりワークショップ名が示すように、文化遺産をいかにディジタル化するかがまだ中心のテーマであり、ディジタル化した後のコンテンツをいかに活用するかに関してはまだまだこれからというのが印象であった。

私は、「Cultural Computing」というタイトルで、文化の持つ構造を取り出し、文化を構造(プログラム)とコンテンツ(データ)にわける事により、ディジタル化した後の種々の処理が可能となり、また、日本、中国、ヨーロッパ等の文化の比較研究が出来ることを主張した。ただ、これはディジタル化した先の話であり、皆に興味を持ってもらえたかどうか。


私の発表風景

これはパネルの様子、右端が池内先生

マイクロソフトは主催者である事から、1時間半の時間を取って自らの研究戦略やそのなかでのeHaritage研究の位置付けの発表をした。マイクロソフトの戦略であるクラウドの話に少し重点を置きすぎており、研究の観点からはもう少し格調高い話が聞きたかった。

ワークショップや国際会議の持つもう1つの意義は、研究者同士の交流である。17日夜のレセプション、19日夜のディナーが公式のイベントであるが、18日夜も皆で台北の街に繰り出した。

何の事はない、皆で飲んでおしゃべりをするわけで、どの世界でも変わらない風景であるが、結局これが人間同士のつきあい、コミュニケーションの原点なのであろう。