シンガポール通信ー都をどりとチベットの村祭り2

この祭りでは、いくつか興味深いことに気付いた。1つは、祭りの主人公が女性・若者であり、長老達はそれを温かく見守っているという形をとっていることである。村の新しい生きる力を誇示すると共にこれを通して古い世代の文化を若い人達に伝承している様子が強く伝わってきた。

また祭り全体の進行は1人の若者が指導者となり取り仕切っていたが、その若者がトランス状態になっていることである。トランス状態といってもいわゆる忘我の状態ではなく、常に祭りの会場全体を見ながら全体を把握して指示を進行係に出している。

しかしながら、小刻みにふるえる頬、他の人とは明らかに次元が違う熱狂的なダンス、また、指示する言葉が通常の言語とは異なっているようで長老の1人が通訳を務めていることなどから、彼がトランス状態にあることは明かである。忘我とは異なるトランス状態という意味で極めて興味深かった。


右端の男性が祭りの指導者。トランス状態で言葉が聞き取りにくいため隣に通訳の人がいる


同じく祭りを鑑賞していたドイツのジャーナリストの「私はこの祭りを見るため、7年前から毎年ここを訪れている、この祭りに偶然出くわすのは非常にラッキーだ、遠からずこの祭りは世界的にも有名になるだろう」との言葉が印象的であった。

もう1つ蛇足であるが、祭りに参加している若者の数人が民族衣装に身を包んで練り歩きながら、なんと携帯電話で通話しているのを目撃した。電車内での通話や授業中のメールなど、日本では日常生活の極めて多くの場面に携帯電話が浸透しており、欧米でも日本ほどではないにせよ同様の現象が見られるが、チベットでもそれと同様の風景に出会うとは思わなかった。

それ以上に興味深かったのは、それがあまり違和感を感じさせなかったことである。伝統行事と最新技術の成果の同居は、世界中で見られるいかにも今日的な現象なのかも知れない。

ところで、京都で「都をどり」を鑑賞しながら、なぜこのチベットの村祭りの事が頭に浮かんだのだろう。多分それは上にも書いたように、この村祭りが村を支える若者達のパフォーマンスを見せる場であると同時に、新しい若者の顔見せの場である年中行事であったからだろう。「都をどり」も、地元京都の人たちにとって同様の意味を持った年中行事だったのではあるまいか。芸妓・舞妓さんたちの年に一度の学芸会であり、新人の顔見せの場でもあったのだろう。

京都の人たちは普段は料亭で出会うなじみの芸妓・舞妓さん達のパフォーマンスを楽しむと同時に新人にも暖かい眼差しを注いだのではあるまいか。いわば、PTAのお母さん達が、学芸会で我が子やその他の子供達の芸を見守るような気持ちで、芸妓・舞妓さん達の踊りを鑑賞したのだろう。

それが、いつの間にか観光客が中心の行事になってしまっている。それは京都という歴史を持った街の持つ力によるものであろう。と同時に、京都の人たちにとっては今でも、「都をどり」は以前と同様の意味合いを持った年中行事なのだろう。