シンガポール通信ー私の著書の感想2

『(上梓した本について)何故TV会議が普及しなかったのか?の文中 正に著述通りで、マンツーマンでなければ人間意思疎通が出来ない。声の響きや表情の変化などノンバーバルな部分を意識したコミニューケョンは言葉だけでは伝わらない事を相手に伝える重要な手法ですね。言葉だけが絶対と言う考え方を持つのも危険。社内LANを通した電子メールの増加、文字だけのコミニュケーションでは、沢山の語彙を駆使しても相手の誤解は、解けない事も多々あります。人間、五感を使いコミニュケーションを日常してるが言葉ばかりでなくノンバーバルのコミニュケーションも活用しながら効果的に相手に対して意思を伝える事も必要不可欠と、最近読んだ本にも書いてあったね。身振り手振りは、世界共通語?』

テレビ電話やテレビ会議がなぜ予想されていたほど普及していないのかは、もちろんいろいろな理由がありますが、大きな謎ではあります。いわく料金が高い、相手の顔が見えると困る事がある、等々ですがいずれも十分説得力がある理由にはなり得てないようです。

私自身も、いろいろと考えたのですが、現時点での結論は、本の中でも書きましたが「電話」という声だけを使ってコミュニケーションするという特徴を持ったメディアが、実はきわめて革新的なメディアであることだと思います。それまでの人間の歴史の中で、相手の顔を見ないコミュニケーションというのは手紙(および文学)がありましたが、電話はそれに次ぐ大きな変革をコミュニケーションに持ち込んだといえます。

相手の顔は見えない、しかし音声だけは相手の肉声が聞こえてくるというのは、考えてみれば奇妙なコミュニケーションです。しかし人間は、そのメディアと100年以上の時間をかけて付き合い、その特徴を生かしたコミュニケーションの方式を作り上げてきたわけです。

結局のところテレビ電話は、電話が持っている基本コンセプトに極めて新しい機能を付け加えたわけではないというところにどうも秘密がありそうです。新しい機能を付け加えるどころか、電話が持っていた相手の顔が見えないメリットをテレビ電話は壊してしまったのではないでしょうか。

しかしながら、テレビ会議など複数の人が参加するコミュニケーションでは、誰がしゃべっているかなどの情報は大きな意味を持つので、パソコンによる簡易型テレビ会議などはよく使われるようになりました。一方、テレビ会議では高精細の映像を送って臨場感を高めるという試みが現在でもいろいろと行われていますが、これは方向として正しいかどうかは問題です。

簡易型テレビ会議では、誰がしゃべっているかなどの補足的情報を送ることに意義があるので、高精細のテレビ会議で相手の顔の詳細な映像を送る事は不要かも知れません。いずれにしても「雰囲気」を完全に送る事は極めて困難ですから。

身振り手振りはYes, Noの身振りなどを含めてかなりの部分が世界共通です。したがって大まかな意思の伝達には極めて効率的です。しかし、細かい部分が文化で異なったりします。ご存知のように、手招きは日本では手のひらを下にして手全体でこちらに来いという合図をしますが、欧米では手のひらを上にして指だけでこちらに来いという合図をするので、最初は我々日本人は馬鹿にされているように感じます。

いずれにしても、コミュニケーションにおける文化差というのは面白いテーマだと思います。