シンガポール通信ー朋あり遠方より来る2

古い友人との再会の話をもう1つ。

12月11日〜13日の京都大学における国際会議「学術研究における映像実践の最前線」でヒシャム・ビズリ(Hisham Bizri)氏と再会した。最後に会ってから10年近くになるだろう。

当時、私はMITのCAVS (Center for Advanced Visual Studies)の客員研究員をしていた関係で、しばしばボストンにあるCAVSを訪れた。CAVSは基本的にはアート関係の研究所であり、技術者の私には畑違いなのだが、当時ATR(国際電気通信基礎技術研究所)でアーティストと技術系の研究者の共同研究プロジェクト(これを私たちはアート&テクノロジープロジェクトと呼んだ)を推進しており、古くからの知り合いでもある当時CAVSの所長であった故スティーブン・ベントン教授(Steven Benton)から客員研究員の肩書きをもらったのである。

客員研究員といっても、具体的にプロジェクトを推進する訳ではなく、時々訪問して彼とアート&テクノロジーの進め方について議論したり、ATRからリサーチフェローとして滞在している土佐さん(現京大教授)の研究の進捗をチェックしたり彼女と議論したりという、かなり気楽な役割であった。

メディア系の研究所としては、MITではメディアラボが有名である。CAVSはメディアラボに比較すると知名度は劣るが、設立は1967年とメディアラボより歴史は長く、メディアアート系ではきわめて良く知られた存在である。当時、ヒシャムも土佐さんと同様リサーチフェローとしてCAVSに滞在していた。しばしば訪れる度に話をするようになり、そのうちに気が合うようになった。彼はレバノンの出身で、アート系の映画作りに情熱を燃やしていた。短編も見せてもらったが、正直言って彼のアーティスティックな映像から構成される映画そのものは、あまり良く分からなかった。

しかしながら、アーティストにしては論理的な議論の進め方をする人であり、アートや技術の歴史、そしてアートと技術の関係などに関していろいろと議論を交わしたものである。現在彼は映像作家として活躍しており、彼の短編映画は米国を中心に多くの国で上映されたりしており、世界的にもこの分野では名前が知られている。そのこともあって今回の国際会議に招待されたのだろう。

国際会議ではヒシャムと私は同じセッションで発表した。我々のセッションは前にも述べたが、「カルチュラル・コンピューティング」というタイトルで、今後映像をさらに文化に広げて、文化とコンピュータの関係を論じようというものであった。技術系2名、アート系2名の発表者がそれぞれの立場から今後のコンピュータと文化の関係を講演した。この分野がまったく新しい分野であることもあり、現時点ではまだ十分4人の講演者の議論はかみ合っているとはいえなかった。しかし、今後議論を深めることにより、技術系と芸術系の人間の考え方がかみ合ってくるものと期待している。

しかし、ヒシャムとはむしろ会議の合間や会議後のディナー時の久しぶりの会話を楽しませてもらった。かれは現在ミネソタ大学の教授をしている。CAVSの時はまだ独身であったが、現在は同じくミネソタ大の哲学の教授をしている奥さんがあり、またお子さん(娘さん)もいる。

私は自分の講演で、このブログでも述べたが、ギリシャ時代以来特に西欧においてロゴス(知性)とパトス(感情、情熱)の分離が試みされて来たのに対し、ネットワーク時代の現在において再びこの両者が接近を始めており、それが現在とさらには今後の人間、社会、文化のあり方を解くキーワードになるのではということを主張した。彼は私のこの考え方にほぼ全面的に同意してくれた。そして、メールやブログなどのコミュニケーションの領域で起こっていることや、2008年以来の世界同時不況を読み解くのは、この様な考え方が必要であるとの理解を示してくれた。

また彼は、そのような現在においては、今起こっていることを良く理解するためにも、メディアから距離を置くことも必要であるとの意見であった。具体的な方法として、彼は娘さんに携帯、ゲームなどの最新メディアを与えていないのだそうである。代わりに古典的な名作映画を見たり、また自分で考えることを勧めているとのことである。

ほぼすべての子供達がメディアの洪水にさらされている現在において、そのような立場を保つことはきわめて難しいと思われる。下手をすると学校でいじめに会ったりするのではないだろうか。しかし彼は、確かにそのようなこともあったが、最近は娘さんがそのような彼の教育方針に理解を示してくれるようになったと、少し誇らしげに語ってくれた。

個性を大切にする米国だからこそ実行できる教育方針かもしれない。ひるがえって日本では、果たしてこのような教育方針を取っている親がいるのだろうか。