シンガポール通信-統一国家が中国の科学技術の発展を停滞させた?:2

中国の歴史がこれまで、中国大陸を統一する皇帝をトップとする王朝の歴史であることを述べた。中国初の統一王朝である秦を始めとして、漢・隋・唐・宋・元・明・清という中国の王朝はいずれも中国全土を支配した王朝である。もちろんこの統一王朝の間には小国が乱立し競いあう時代も存在した。

秦の統一に先立つ春秋時代・戦国時代、また宋の統一に先立つ五代十国時代などがそれに当たる。しかしそれはあくまで統一王朝が滅び次の統一王朝が成立するまでの混乱の時代と呼べるものであって、中国の歴史においては統一王朝が大きな意味を持ってきた。

それでは統一国家であることがなぜ科学技術の発展の妨げとなるのだろうか。これもなかなか大変難しい問題であって、誰もが納得できる答えを出すのは困難である。あえて答えるとすると次のような回答になるのではないだろうか。
統一国家は国家のトップ(中国の場合は皇帝)がすべての権力を有しており、国の政策のすべてを決めることができる。このような体制は国家がまだ設立されて時期が浅い時期にあり、国家が持つリソースを国家の発展のために有効に使う必要がある場合には極めて有効に作用する。

もちろんこれは国家のトップが聡明な人間であり、国家の将来のためにどのような政策を実行すべきかをわかっている場合に限られることは当然である。国家のトップが暗愚であったりあまりに過激な政策を行ったりする場合、そのような統一帝国は長続きしない。実際に、秦は創始者である始皇帝が巨大な始皇帝陵の建設や焚書坑儒などの強引な政策をとったため、一代で滅びてしまった。

一方で、かってのロシアやついこのあいだまで毎年7%以上の経済成長を遂げてきた中国などの社会主義国家・共産主義国家においては、トップダウンの政策決定・実行は国の成長にとって大変有効に働いてきた。現在のいい例を挙げるとするとシンガポールがそれにあたるだろう。500万人そこそこの人口と淡路島より少し広い程度の面積の国土しか有していないのに、GDPで世界第3位の地位を占めているのは、政府が独裁に近い強いトップダウンの政策を実行してきているからである。
また国家レベルの大事業が行えるのも、統一国家が成立しているからである場合が多い。中国で言えば、隋の時代に掘削・整備された京杭大運河はその後唐や宋の時代に中国の北部と南部の間の物資運送に大きな力を発揮し、経済の発展に大きく寄与した。特に宋の時代に河北省・河南省で栄えた製鉄業の生産品を首都開封に輸送する際に運河は極めて大きな役割を果たした。

この運河が、宋の時代の鉄の生産量が産業革命時のイギリスのそれに匹敵するもしくは凌駕するまでに増大したのに大きな役割を果たした。ある意味で宋の時代に中国は産業革命が起こる直前の社会であったといってもいいのである。しかし産業革命は中国では起こらなかった。それは製鉄業の発展に伴って生じた商業経済の発展もしくは貨幣経済の急速な発展を、宋の政府が規制してしまったからである。

中国の社会はそれ以前の長い歴史の中ではずっと農業社会であった。国民の大半が農民でその農民から農作物の一部を国家が年貢として取り上げて国家経営に用いるというのが国家運営の単純な図式であった。これはもちろん西洋においても同じである。

それが宋の時代に鉄鋼業という工業がおこるとともに、製品をその消費者と取引するために商業が発達する。いわゆる商業社会の出現である。この時中国国家は商人という新たな人種をどう扱うかという方法論をまだ持っていなかった。そのために当初は商人に対する課税率が低く、それが商業の急激な発達を促したと考えられる。それと同時に、物の取引だけで儲ける商人という新しい階級に対するある種の侮蔑感があったため、当初は商人という階級の存在が国家から無視されたという面もある。これは実は課税の観点からはお目こぼしに預かったことになり、商業の発展にとっては大変好都合であったわけである。

新しい業種である商業が長い間認められなかったのは西洋でも同様であり、長い中世の間商人は侮蔑の対象であったと言われている。そしてこれはよく知られているように日本においても同様である。徳川時代の「士農工商」という職種の順位付けで商業が最下位に置かれているのは、当初は商業という職種及びそれに従事する商人という人々が、農業などの直接物を生み出す産業やそれに従事する人たちに比較して低い位置に見られていたことを物語っている。

人間は額に汗して働くべきであって、もののやり取りだけで儲けようとする商業は卑しい職業であるという職業感は洋の東西を問わず存在したようである。(例えばシェークスピアの「ベニスの商人」にはそのような考え方が現れている。)また宗教の倫理観の観点からも、額に汗して働くことなくものを左から右にまわすだけで収入を得る商人という職業は重要視されないか、無視されてきたのではあるまいか。これもキリスト教はもとより儒教、仏教などにおいても同様であり洋の東西を問わない現象である。(商業の意味を評価していたイスラム教はその意味で例外的である。)