シンガポール通信-中国の覇権主義を考える3

中国の明の初期に、当時の皇帝永楽帝が宦官鄭和に命じて行わせた「鄭和の南海大遠征」は、欧州で「大航海時代」が始まるのに半世紀もしくはそれ以上先行していた。それとともに、そこで用いられた船の大きさ、船団の巨大さ、さらには航海技術などは、当時の欧州に比較すると技術的にも経済的にも圧倒していたことをのべた。

しかしながら、鄭和の南海大遠征の目的は訪問国に対して明に対して朝貢貿易を促すことであった。朝貢貿易とは明の皇帝に貢物をささげ、それに対して明の皇帝から下賜品が与えられるという貿易の形態である。これは明の周辺国が明の強大さを認め、宗主国として対応することを示している。これはいわば親と子、もしくは親分と子分の関係である。上下関係はあるが、それらの国の独立は保たれており、いわゆる支配対被支配関係ではない。

それに対して、ポルトガル・スペインなどの欧州の国々が大航海時代において行った外交政策は、訪れた国を武力で制圧して自国の領土とするものであった。ここに当時の明の政策と欧州の国々の政策に大きな相違があることに注意しなければならない。しかも鄭和の何回大遠征が終わるとともに、明は海禁政策と呼ばれる一種の鎖国政策を取り始めた。

このことは、漢民族による歴代の中国の帝国は覇権主義的な政策をとってこなかったということを示している。なぜそうなのかは後で論じることとして、中国の現在を考えるときにこのような歴史を知ることは極めて重要だと考える。

これを延長して考えると、中国が現在フィリピンと領有権を争っている南沙諸島において滑走路の建設を強引に進めたり、尖閣列島の領有権を主張しているなどの行為をどう解釈すべきが見えてくるのではないか。これらの中国の行為を中国が領土を拡大しようとしているという覇権主義と見る見方が多いが、これまで述べてきたような中国の過去の政策を考慮すると、それは領土拡大政策ではないと言えると考えられる。

それはむしろ「鄭和の南海大遠征」に見られるように、中国の強大な力を誇示し、それをもって周辺国に中国をアジアの盟主として認めさせようという行為であると考えることができる。中国がすでに強大な力を持っている国であることは、日本も含めて周辺国は十分理解しているが、それでは中国をアジアの盟主として認めているかというと、そうではないのが現状ではあるまいか。

例えば日本は、中国を単に日本製品を売り込む巨大な市場であると認識しているのではないだろうか。また中国は政治的には共産主義と資本主義の融合を図ろうとしているが、その過程はまだ途中である。民主主義+資本主義をベースとして政治・経済システムが確立し、政治・経済が安定している欧米諸国に比較すると、中国の政治・経済はいまだ不安定である。そのため、中国の動向を今後とも注意深く見守る必要があるというのが、日本も含めた中国の周辺国や欧米の国々の中国に対する見方ではないだろうか。

したがって、アジアの国々で中国を宗主国として認めている国はないのではないだろうか。もっとも朝鮮は別かもしれない。北朝鮮は政治・経済とも不安定な状態にあり中国に依存せざるをえないため、中国を宗主国として認めていると考えることができる。韓国は米国の同盟国でありながら、中国と密接な関係を維持しようとしているように見える。これは多分韓国と中国との過去の関係に基づくものかもしれない。

ともかくも、このように自国の強大な力がまだ周辺国に十分に認知されていない、また中国をアジアのリーダーとして認めようとする国々が少ないという状況が、中国をいらだたせているのではあるまいか。それが南沙諸島尖閣初頭において、自国の権利を主張したり自国の力の誇示行為に出る理由ではあるまいか。したがって、これらの行為は中国が自国の力をアピールするためのデモンストレーション行為であると解釈すべきなのである。

中国が2013年11月に突然尖閣諸島上空も含めた東シナ海上空に防空識別圏を設置しここを通る航空機に事前に申請するよう通告し一時期中国と西側諸国の間で緊張が高まったことがあるが、これも中国の自国の権力をアピールするための誇示行為であると解釈することができる。一時期は中国への定期航空機を飛ばしている航空会社は困惑していたが、現時点では事前申請の必要性はうやむやになっているのではあるまいか。