シンガポール通信-五輪エンブレム盗用問題

7月24日に発表された2020年東京オリンピック大会に用いられるエンブレムが、盗用ではないかとの疑惑が出て話題になっている。このエンブレムはデザイナー佐野研二郎氏がデザインし採用されたものであるが、ベルギーのデザイナーであるオリビエ・ドビ氏がベルギーのリエージュ・シアターのロゴとしてデザインしたものと類似しているというものである。

この問題はオリビエ・ドビ氏自身がTwitterFacebookで指摘して話題となったものであり、最近ではそれに加えドビ氏は、佐野氏のデザインによる東京オリンピックのエンブレムの使用停止をIOCJOCに対して求めているという。学問の世界でも最近では盗用問題は大きな話題そして問題になってきているので、この盗用疑惑問題は私のようなデザインとは別の世界の人間にとっても他人事とは思えないところがある。

学問の世界で他人の論文などをそのまま使う事は、プラジャリズム剽窃といわれる。剽窃で最近話題になったのは、なんといっても昨年のSTAP細胞事件の当事者である当時理研の研究員であった小保方氏による件である。これは、小保方氏がかって早稲田大学から学位をもらった時の学位論文が、他人の論文を数十ページにわたってそのまま使っていたことが指摘され、早稲田の学位取り消しかと話題になった件である。(この件がその後どうなったのかは聞いていないけれども。)

このニュースを聞いて多くの人は、「同様の分野に限っても星の数ほどある論文のなかから、どうして小保方氏の博士論文と同じ表現が含まれる論文を探し出す事ができるのだろう」と思ったのではあるまいか。実際このようなことはかってはほぼ不可能であった。従って学問の世界では剽窃問題はこれまであまり話題となってこなかったのである。

学問の世界で剽窃があまり話題になってこなかった別の理由として、学問の世界では全く新しい研究成果を出すという事は極めて困難であることがあげられる。大半の研究は、これまで発表されている研究結果を調べ、その中から自分にとって興味が湧くテーマを取り上げ、発表されている論文の内容に新しい見解を加えたり(文科系の場合)それを改良してよりよい結果を得たり(理科系の場合)した結果を論文としてまとめたものである。

したがって大半の論文は、他人の論文を下敷きとしてそれを改良・延長したものであるから、下敷きとなっている他人の論文の内容がその論文の内容に含まれるのは避けられない。私自身も論文を書く場合に他人の論文の内容を引用する事をこれまでも行ってきたし、現在でも行っている。大半の研究者の論文の執筆は同様にして行われているであろう。

ただし、他人の論文の内容を下敷きにする場合でも、通常はその論文の内容をいったん自分の頭の中に入れ、自分が出した独自の結果と組み合わせて書く事によって、自分の独自の表現とした論文を書くというのが研究者のマナーであった。

それがコピー&ペーストが容易に行えるようになると共に、他人の論文の内容を自分の表現にして書きなおすという行為をせずに、そのままコピー&ペーストしてしまうという行為が現れてきたのであろう。特に若い研究者はまだ他人の論文の内容を自分独自の表現で書き直すという技術が十分身に付いていない場合が多いので、他人の論文の一部分をそのままコピー&ペーストしてしまうということが生じやすいのである。

したがって、小保方氏の博士論文における剽窃問題が話題になったとはいいながら、実は多かれ少なかれこれは研究者の論文ではおこってきた事なのである。特に若い研究者の書いた博士論文では、そのような事が生じる確率はかなり高いのではないだろうか。しかしながら、これまでは剽窃のチェックが極めて困難であった事や、若い研究者の場合は部分的にコピー&ペーストが含まれることもやむを得ないという考え方が研究者の間で一般的であったことから、剽窃の問題はこれまであまり厳しくは議論されてこなかったのである。

ところがである、最近は剽窃をチェックするソフトが開発され研究者の間で使われるようになってきた。研究者にとってはなかなか厳しい時代がやってきたのである。

(続く)