シンガポール通信−マレーシア機撃墜される

さてここ1週間ほどの間で最も衝撃的だった出来事はマレーシア航空機が撃墜された事件であろう。

事件は7月17日夕刻(日本時間では同日の夜10時過ぎ)オランダ、アムステルダムスキポール空港からマレーシアのクアラランプールの空港へ向かうマレーシア航空MH17便が、ウクライナ東部で墜落し乗客280人と乗員15人の全員が死亡したというものである。墜落はミサイルによる被弾によると見られている。

ウクライナでは、ウクライナ政府側と反政府側である親ロシア派武装勢力が激しく対立を続けており、これまでも親ロシア派によって政府側の戦闘機や輸送機がミサイルによって撃墜される事件が起きている。今回もまだ真相は完全には解明されていないものの、親ロシア派が民間航空機であるマレーシア航空機を誤ってミサイルによって攻撃したというのが、米国始め欧米各国の見方である。

このニュースを聞いたとき真っ先に私の頭に浮かんだのは、大韓航空機撃墜事件である。この事件と今回のマレーシア航空機撃墜事件は、事件の背景やなぜ事件がおこったかそしてそれに対する国際社会の反応等、多くの面で極めて似た部分がある。
大韓航空機撃墜事件というのは1983年9月に大韓航空ボーイング747が当時のソビエト連邦の領空を侵犯したために、ソ連空軍の戦闘機によって撃墜されたというものである。この事件により、同機の乗員乗客269人全員が死亡した。

この二つの事件はいずれも、軍のミサイルにより民間航空機が撃墜されたということが大きな共通点である。大韓航空機の場合は、同機を領空を侵犯したスパイ機であると当時のソ連軍の上層部が判断し、ミサイルによる撃墜を指示した。ソ連空軍の戦闘機のパイロットは相手が民間航空機である事を認識していたが、「命令には逆らえなかった」としてミサイル発射ボタンを押した。いずれにしても領空侵犯というだけの理由で、民間機か否かの判断を十分にせずに撃墜したのである。

今回のマレーシア航空機撃墜に関しては、親ロシア派が自分たちが確保している領域の上空を飛行するマレーシア機をウクライナ政府側の軍航空機と誤って判断してミサイルを発射したものと見られている。これも自分たちの領空を侵犯した航空機というだけでそれが民間機か否かを確かめずにミサイルを発射したのである。

そしてその背景には、ロシア対西欧諸国の対立が色濃くでている。大韓航空機撃墜事件の当時はまだ冷戦真っ最中であり、ソ連は米国のスパイ機等による自国の領空侵犯に神経質になっており、これが民間機の撃墜につながったといわれている。

それに対して現在は、すでに冷戦はとっくに終わったとの認識が一般的である。しかしながら、ソ連邦の崩壊に伴うウクライナ独立後も、独立を維持しようとする政府派とウクライナを再びロシアの一部としようとする親ロシア派の激しい内線が続いている。つまりウクライナでは冷戦はまだウクライナ政府対親ロシア派の戦いとして続いているのである。

さらにより高い視点から見ると、親ロシア派を支援するロシアのプーチン政権とそれに反発してウクライナ政府を支持する欧米諸国との間の関係は、世界的なレベルでも実は冷戦はまだ終わっていない事を示している。そしてウクライナ政府と親ロシア派との戦争関係こそが今回のマレーシア航空機撃墜事件を生んだのだという事が出来る。

私達は、特に平和に慣れ切っている日本人は、中国さえも資本主義の国々に政策的には近づいて来ている現状から、すでに東西対立という一発即有という有事の時代は過去のものであると考えている。しかしながら、実際はまだ一皮むけば戦争状態は続いており、いつ私達もそのような争いに巻き込まれるかもしれないという現実を直視しなければならないことを、今回のマレーシア航空機撃墜事件で知ったのではあるまいか。

何よりも私に取って衝撃的だったのは、オランダとマレーシアを結ぶ空路というのは、東南アジアから西ヨーロッパに向かう通常の空路である事である。私もシンガポール航空を使ってオランダやドイツにしばしば出張するが、まさに今回のマレーシア航空機が飛んでいた空路を飛んでいたのである。8月末にもオランダの大学にしばらく滞在する予定でシンガポールからオランダへ飛ぶ予定でいたが、今回のニュースを聞くと急にこの出張に出かけるのが怖くなって来たというのが正直な所である。