シンガポール通信ー日本のテレビ産業の凋落

日本の家電メーカーのテレビ事業の凋落が激しいようである。新聞では、日本の家電メーカーがテレビ事業の不振に苦しんでいる事を報道しているし、日経ビジネスでは「さよならテレビ」という特集を組み、日本の家電メーカーはテレビ事業を捨てるべきであるとの論を展開している。

たしかに事実を見ると、日本のテレビ産業が凋落傾向にある事は確かである。例えば、テレビテレビ事業の不振のせいで、パナソニックが7720億、ソニーが4560億、シャープが3760億の損失を出し、これら3社の社長が交代に追い込まれたと新聞は報じている。これらは、日本の家電メーカーがテレビの性能向上ばかりに目をやっていたため、韓国のSAMSUNGやLGなどの低価格のテレビに負けてしまったことによるというのが、新聞や雑誌の論調である。

私自身の経験からしても、一時期隆盛を極めた日本のテレビ産業が凋落傾向にある事は確かである。私が海外に出かけるようになった1980年代始めには、まだホテルでは米国であれば米国メーカーのテレビがおいてあったし、ヨーロッパであればフィリップスなどのヨーロッパメーカーのテレビがおいてあるのが通常であった。それが1990年代になると、日本のメーカーのテレビが幅を利かすようになって来て、一時はほぼ全てのホテルのテレビが日本の家電メーカーの物であった時代もある。それが最近ではSAMSUNG、LGなどの韓国メーカーの製品を見かける事が多くなった。

その意味からするとたしかに、これらの新聞•雑誌の論調は正しいように見える。しかしながら、これらの記事を読んでいるとどうも腑に落ちない気持ちになるのである。それはこれらの記事が、日本の家電メーカーのテレビが売れていない事の原因をあまり深く追及していないように感じられるからである。

たとえば、テレビが売れていないという事はテレビ市場そのものが縮小しつつあるのか否かという疑問がわいてくる。たしかに、スマートフォンタブレットPCの普及でテレビの視聴時間が減少しているという意見を聞く事が多い。もしそれが事実なら、メディアの王座に長年君臨して来たテレビというメディアがついに凋落のときを迎えたという事になり、これはメディアの動向に関する一大事件である。しかしながら、テレビを含めて各種メディアを人々が使用する時間に関する調査が行われているとはいえ、それらはいずれもそれほど大規模な物とはいえず、しかもテレビ視聴時間が大幅に減っているという結果が出ている訳でもない。

もしテレビ市場そのものに現時点でそれほど大きな変動が無いとすれば、日本の家電メーカーのテレビシェアが韓国製のテレビに奪われたということになる。市場の動向を見る限りでは確かにそのようである。それならばそれはなぜかという突っ込んだ議論が必要だろう。

消費者の関心が、高性能化よりも価格に向くようになったからだろうか。たしかに液晶パネルなどを台湾などの海外メーカーが大量に生産するようになり、これらと電子回路部品を組み合わせる事により、どのメーカーでも比較的簡単にテレビ製品を作る事ができるようになったといわれている。いわゆるテレビのコモデティー化である。しかし消費者のテレビ購入という消費行為に対する大規模な調査結果というのも見かけた事がないので、消費者の関心が移りつつあるという事実も明確ではない。

特に日本では、アナログ放送からディジタル放送への移行や家電エコポイント制度によって、テレビに対する需要が一時的に非常に大きくなったという特殊事情がある。したがって、テレビが売れないという現在の状況が、はたして長期的に続くものなのか一時的なものなのかという問題もあるだろう。

それらに対する分析もなされているようには思えない。結局の所、新聞や雑誌が行っているのは、現在日本の家電メーカーのテレビが売れていないため家電メーカーが苦しんでいるという現状と、家電量販店でもSUMSONGやLGの製品が幅を利かしているという現状を追認して報告しているに過ぎないのである。もちろん事実の報道というのは報道メディアの重要なミッションなのでそれを行っていることその事は正しいわけである。

しかし、事実に関する冷静な分析というのも報道メディアの重要な責務ではないだろうか。それを行わずに、単なる表面的な事実に基づいて「日本の家電メーカーはだめである」とか「日本の家電メーカーはテレビ事業から撤退すべきである」という結論に飛ぶというのは、報道メディアとしては責務を果たしているといえないのではないか。それが、私がこれらの記事を読んでいて腑に落ちないと感じる点である。