シンガポール通信ーフラット化する社会2
前回の続きとして、世界のフラット化にグーグルが果たした役割、その功罪について考えてみよう。
なんと言ってもグーグルの貢献の第一は、それまでの私たちの日常の行為の中で大きな位置を占めていた情報の保存と記憶という部分を、ネットワーク上に出す事(外化)を可能にした事である。
グーグル以前は学生から社会人に至るまで、国語辞書、英和・和英辞書というのは必要不可欠な書籍であった。大学に入学したり、会社に就職したりして最初に購入したのが新しい辞書であったというのは、ネットワーク以前の世代にとってほぼ常識であっただろう。
しかし現在学生の大半は辞書を持っていない。私も電子辞書は持っているが書籍としての辞書は持っていない。わからない単語があった場合には、電子辞書を引くかネット上の辞書を使って検索する。私の世代で既にそうであるから、現在の学生や若者が辞書を持っていないというのは良く理解できる。
その他に、時刻表、レストランのガイド、旅行案内等々、従来は手元に紙や本の形で保存をせざるを得なかったものの大半はネットワークの中の情報になっている。
当然であるが、百科事典もそうである。かっては家を新築した際に居間の書棚に百科事典をそろえるというのは、いわば自分の知性の象徴として常識的な行為であった。私も就職してしばらくして、セールスマンの甘言に乗って当時数十万円するWebsterの百科事典を購入したものである。
しかし、現在ではネット上にあるWikipediaを使うのが常識になっている。人びとのボランティア活動によって作られるWikipediaの内容が、項目によってそのレベルに大きな差があるのは常識であるが、ともかく最新の項目やオタッキーな内容も載っており、文章を書いたり、ちょっと調べ者をする際に便利である事は間違いない。
そして何よりも何かわからない事があれば、いくつかのキーワードを入力してやればそれなりの内容のWeb siteを探してくれるというのもグーグルのサーチ機能の大変便利な面である。
これらの事を総合して、グーグルに代表されるネット上の分散知識とサーチエンジンの組み合わせが、私たちの情報の保存・記憶機能をネットワーク上に外化することを実現してくれたということはできる。これが称賛に値する事であり、人間の歴史を眺めてみても革新的な出来事である事は間違いない。
しかしながら問題は、だからといってグーグルが人類にもたらした貢献を評価し、グーグルを神のように賞賛することが正しいのかということである。立ち止まって少し考えてみる事があるのではないか。
私たちの情報の保存・記憶機能を外化してくれた事自身は高く評価すべき事であろう。しかしなぜそれが評価できるかというと「人間の機能のある部分を外化する事により、それで余った脳の処理機能を他の事にまわせる」からなのである。
ここで他の事というのは当然ではあるが、人間が人間であるべき機能、いいかえると高い知的行為、創造的行為の事をさしている。つまり従来物事を記憶するために使っていた脳の処理をグーグル(とインターネット)が代用してくれるので、私たちはより知的な部分に脳を振る向ける事ができるということになる。
しかし、それは実現されているだろうか。人間というのはある意味で怠惰な動物である。それまでやらざるを得なかった事をやらなくて済むとなると、まず第一にはその時間を「遊び」に振り向けてしまいやすい。
大学の先生方が集まった場合の話題として良く出るのが、「最近の学生はレポートの宿題を出すとインターネット上の情報をそのままコピーして持ってくる」というものである。私自身も良く経験した。
例えば「なぜ携帯電話におけるテレビ電話機能が使われないのか考えてみよ」というレポートの宿題を出したとする。そうすると学生が行うのは、「携帯電話、テレビ電話、使われない」などのキーワードでグーグル検索を行うことである。そして上位に出て来たweb siteに記述してある内容をそのままコピーしてレポートとする。
ということは、当然学生達のレポートの内容がどれもこれも良く似たものになってしまうということである。このレポートの課題は、携帯電話を常時使っている学生達にとっては身近なテーマであり、こちらとしては自分の頭で考えてレポートにしてくれる事を期待している訳である。もちろんそのような学生もいるが少数派である事は確かである。
つまり彼等にとっては「考える」=「キーワードで検索する」ということを意味しているのである。このことは、重要な事を意味している。私たちは情報の蓄積・記憶機能をグーグルとインターネットにより外化することに成功した。しかしそれは同時に,私たちの考えるという機能の一部も外化した、いいかえると捨て去ってしまったということなのである。
これは別にグーグルの責任ではない。しかし「人類が使うすべての情報を集め整理する」というグーグルの目標には、そしてその先はどうするのかという思想も盛り込む必要があるのではないだろうか。