シンガポール通信ージパング1

シンガポールに移ってからも日本でも良く読んでいたコミック誌「モーニング」は出来るだけ毎週読むようにしている。高島屋内の紀伊国屋においてあるので、週一度はでかけて購入するようにしているし、帰国した際は日本で買うようにしている。

モーニングは、三国志を題材にした「蒼天航路」、「島耕作」シリーズ、宮本武蔵を主人公にした「バカボンド」、さらには第二次世界大戦を題材にしたSFである「ジパング」等の大作が並んでおり、私の好きなコミックである。

蒼天航路」はすでに数年前に修了したが、三国志曹操を主人公とした観点から見た漫画として大変興味深かった。私が岩波文庫三国志を読むきっかけとなった漫画でもある。これについてはまた別の機会に取り上げたい。

SFは私の好きな小説のジャンルでもあるので、ジパングも私の愛読していた漫画である。残念ながら昨年末に終了した。最終号を買い損ねてしまったので、後でコミックとして単行本で出版されたものを買い込んで読んだ。

しかし、最初の頃のどう展開していくかをわくわくしながら期待していた頃に比較すると、終盤に近づくにつれそのわくわく感がなくなって行ったような気がする。特に最終号は、わざわざ単行本として発行されたものを読んでみたが、なんだかあっけない、言い換えると割り切れない終わり方をしている。これはどうしてかを考えてみると、SFが持っている宿命とでも言うものが見えてくる。

ジパングは、簡単に言うと現在の日本における自衛隊イージス艦「みらい」が第二次世界大戦中の日本にタイムスリップして、その時代の歴史に影響を及ぼすというストーリーである。SFで言うと「タイムトラベル」というジャンルに属するストーリーである。

タイムトラベルものの面白さは、1つは現在の進んだ技術が過去の技術とどのような関係で関わり、過去をどのように変えるかということにある。またそれ以上に、過去に変化を与える事が、それ以降の歴史にそして現在にどのような影響を与えるかを語る事にある。

その時、過去と現在は常につながっていると考え、過去の歴史に変化を与える事を常に現在との関係で見るというストーリーの進め方が1つある。過去と現在がつながっているとすると、過去にタイムトラベルし、自分の親を殺してしまうと自分が存在しないという矛盾、いわゆるタイムトラベルのパラドックスが生じる事になる。

それをストーリーの中にどう取り入れるか、このパラドックスをどうストーリーの中で取り扱うかがこの場合の重要なテーマになる。過去の歴史に変化を与える事は、常にこのパラドックスが生じる可能性を含んでおり、それがストーリー全体に緊張感を与える。これの種のタイムトラベルものを「パラドックスもの」と呼ぼう。

タイムトラベルものの多くはこの種のストーリー展開をベースとしている。「ターミネーター」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」などがこの種のジャンルに属する。

もう1つのストーリーの進め方として、過去の歴史が変わった時点で元の世界とそれ以降異なった歴史を持つ世界に枝分かれして行くという考え方に基づいたSFがある。この種のタイムトラベルSFは、種々の似てはいるが異なる歴史の流れを持つ複数の世界が並行して存在しているという意味で、「パラレルワールドもの」と呼んでいいだろう。

しかし、パラレルワールドものの場合も、本来の自分のいた世界とパラレルワールドとの関係がストーリー上は非常に重要な役割を果たしている。パラレルワールドは架空の世界であるため、そこにどのようにしてリアリティを与えるかが重要な課題になる。パラレルワールドを元の世界との関係で描く事により、架空の世界であるパラレルワールドにリアリティを与える事が出来る。

さてそのように見た場合、「ジパング」はいずれに属するだろうか。と考えると、どうもジパングはSFという観点から見た場合、いずれのジャンルに属するのかが明確でないのではないだろうか。ジパングを読んだ方は気づかれていると思うが、「みらい」が過去の世界にタイムスリップして以降、現在の日本がストーリーの中に出てくる事はほぼ皆無である。

私の気づいた範囲で唯一の例外は、「みらい」の艦載機が魚雷がみらいに命中するのを避けるため犠牲となって魚雷と共に自爆し、それと共に艦載機を操縦していた佐竹が殉職する場面である。コミック中では、みらいがタイムスリップした世界では佐竹は殉職するが、現在の日本に生き返るというストーリーになっていた。

ここが過去の世界と現在の日本をつないでいるほぼ唯一の箇所ではないだろうか。この場面を読んだとき、現在日本とのつながりがこのコミックでも重要な視点になるのだなと期待したのだが、残念ながらそれ以降、現在の日本が再びストーリー中に出てくる事はない。

ということはこのコミックは「パラドックスもの」ではないことになる。(続く)